平成5(1993)年に創刊した銭湯PR誌『1010』のバックナンバーから当時の人気記事を紹介します。


〇月×日
「今日も入れてもらえるのねぇ」
もう78なのよといわれるおばちゃん。フロントへ敬老入浴証を見せながらニコッとなさった。
敬老入浴は、各区でそれぞれ実施しているが、墨田区でも毎週金曜日を65歳以上の方の無料開放日としている。昭和54年のスタートだから、もう25年になる。

そこで先刻のおばちゃんだが、この方、25年の長寿番組にもかかわらず敬老入浴を利用されるようになったのは最近なんである。
古くからの地元の人であり、家人が表でお会いしたときに
「近所の人も大勢見えるから、遊びかたがた来なさいよ」
と声を掛けてもいたんだが
「何十年も銭湯に入ったことがないから、恥ずかしくって……」
の理由で、一度もお見えにならなかったんである。

ところが半年ほど前、敬老入浴の常連さんでもある老人会のお仲間に連れられてひょっこり現れたんだ。恥ずかしそうな様子だったが、1時間ほどの入浴の後、うれしそうにアタシにご報告よ。
「今のお風呂っていいのねえ。とっても楽しかったわあ」
「そう、そりゃよかった……」
アタシャ銭湯のよさをトクトクとPRよ。おばちゃん、ニッコリこっくりうなずいてくれたね。

そしてそれからというもの、敬老入浴日はもちろん、普段の日でも楽しそうに顔を見せてくれるんだ。つまりおばちゃんは「食わず嫌い」だったんである。食べてみたらとてもおいしかった――なんて、うれしい話だよねえ。

そういえば、世間にはおばちゃんのような銭湯の味を知らない「食わず嫌い」の人が結構いるんじゃないだろうか。そんな方はぜひ試食をしてみてよ。いい味だと思うよ。「百聞は一見に如かず」っていう言葉もあるしね。

〇月×日
「今晩は、あらッまだ暗くないからコンニチハかな」
といいながらお見えになったのは、そろそろ80になるであろう常連のおばちゃん。

この方、いつもにこにこしながら物事の本音をストレートに表現なさるんだな。今日もそう。入浴料を払いながらおっしゃる。
「明日はタダの日(敬老入浴日)だけど今日はお金がいるのよね」
(その通りです)
「ほんとは今日やめて明日にしようと思ったんだけど」
(そんなことおっしゃらずに)
「タダの日は込むけど、今日は空いてるでしょッ」
「ええ、空いていますよ」
(空いてちゃ困るんですよ)

「今、雨が少し降ってきたわよ。お風呂やさんは降るとよくないんでしょッ」
「ええ、降られたらダメですね」
「でもこの分じゃ降るわよ。風も吹いてきたみたい」
(雨に風ですかあ、ウーン困りますなあ)
「予報だと、明日も雨だって。お風呂屋さん困るんでしょッ」
(困りますよォ、大困りです)

そして入浴後――。
「ああ、さっぱりした。空いてたからのんびり入れたわ。込んでるのってやあねえ。落ち着かなくてあたし嫌いよ。でもお風呂やさんはいつも空いてちゃ困るわよね」
(困ります、ホント困ります)

フロントにとっては強烈なボディブロウのようなセリフをいとも簡単におっしゃるんだが、ご当人は別に嫌味でいってる様子じゃないんだな。皮肉をいってるふうでもない。思ったことをアッケラカンと口にする雰囲気は、いたずらっ子のようでもある。きっと素直な方なんであろう。ところが聞いてるアタシがなにせ「打たれ弱い」もんで、つい――。


【著者プロフィール】 
星野 剛(ほしの つよし) 昭和9(1934)年渋谷区氷川町の「鯉の湯」に生まれる。昭和18(1943)年戦火を逃れ新潟へ疎開。昭和25(1950)年に上京し台東区竹町の「松の湯」で修業。昭和27(1952)年、父親と現在の墨田区業平で「さくら湯」を開業。平成24(2012)年逝去。著書に『風呂屋のオヤジの番台日記』『湯屋番五十年 銭湯その世界』『風呂屋のオヤジの日々往来』がある。

【DATA】さくら湯(墨田区|押上駅)
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2004年4月発行/67号に掲載


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「風呂屋のオヤジの番台日記」星野 剛

 

「湯屋番五十年 銭湯その世界」星野 剛(絶版)

 

「東京銭湯 三國志」笠原五夫

 

 

「絵でみるニッポン銭湯文化」笠原五夫