「お風呂に毎日入る人は幸福になる!」

日本銭湯文化協会の理事で、東京都市大学の早坂信哉教授が2014年に著した『たった1℃が体を変える―ほんとうに健康になる入浴法』の一項目にこのような見出しがあります。そこには、毎日湯船に入っている人とそうでない人について健康状態を調査したところ、毎日湯船に入る人のほうがそうでない人(シャワーだけで済ます人も含める)より「主観的健康感」が良好で、かつ「幸福感も明らかに高かった」と書かれていました。

およそ「幸福」という文学的な語彙が、科学の一部である医学研究の指標になること自体意外でしたが、実は近年、経済学や心理学の分野を中心に幸福という感情を科学的に分析・研究することが盛んに行われており、「幸福度」という言葉でまとめられるようになりました。これは、所得などの経済的要素だけで幸福を測るのではなく、家族や社会とのかかわりも含めて測定するという考え方です。

1970年代から、国際的に経済性を越えた豊かさの重要性が指摘され、「幸福」の度合いを分かりやすい指標にする考え方が進化して「幸福度」と呼ばれるようになりました。ブータンのように幸福度を国の政策の中心に据える国もあり、日本でも幸福度の指標づくりに関する研究が進められ、その手法も確立して様々な研究成果が発表されているのです。

では、お風呂に毎日入る人の幸福度が高いのであれば、家庭風呂と銭湯でその差はあるのだろうか? 全国公衆浴場組合連合会(全浴連)はそう考えて、2018年、ちょっと冒険することになりました。3か月ほど時間をかけて調査、集計、解析(解析は今も続いています)が行われ、次々と興味深いデータが現れています。

一言でいうと、「銭湯入浴の頻度が高い人(週1回以上)ほど、それ以外の人と比べて自覚する健康状態が良好で、声を出して笑う人が多く、幸福度が圧倒的に高い」ことがわかりました。6月中旬から、都内の公衆浴場に「銭湯からはじまるしあわせ」というポスターが掲示され、データの一部をお知らせしますのでぜひご覧ください。そして本欄ではこれから毎号、その調査の詳細な中身に触れながら「銭湯としあわせ」の関係を解き明かしていきたいと思います。

それに先立ち、日本における幸福度研究がどのような考え方に基づいて進められているのか、背景的なものについて少しふれておきましょう。内閣府・経済社会総合研究所の「幸福度研究について」は次のように述べています。

一般に言われる幸福度研究は、主観的幸福感と呼ばれる人々の主観的な生活の評価や幸福感を中心に研究する複合領域の分野で、哲学に始まり、医学、公衆衛生、心理学、社会学、経済学など分野の研究者が取り組んでいるものです。

実際、主観的幸福感を用いた分析により、様々なことが分かってきています。例えば、幸福度を利用した実証分析結果には、以下のようなものがあります。

1. 所得の上昇が人々の幸福度を改善するには限界がある。
2. 失業が個人にもたらす負の影響は、所得の減少以上に、非常に大きい。
3. 正規雇用、非正規雇用の違いがもたらす影響は、国ごとに異なる。賃金を考慮しない場合には、非正規雇用がわが国でも男性、女性別では幸福度を有意に引き下げるわけではない。
4. 年齢別にみると欧米では40代が一番低い。日本では年齢とともに幸福度が低下するとする研究もある。結婚や配偶者の存在は幸福度を引き上げる。
5. 労働者にとって、雇用主による経営への信頼は、生活全般の幸福度に大きく影響する。
6. 政治体制への信頼感やソーシャル・キャピタルの質が幸福度に大きく影響。
7. 東アジアでは社会的な調和から幸福感を得る一方、欧米では個人的な達成感から幸福感を得る傾向にある。

このような成果もあり、主観的幸福感を正確に測定することが、重要であると考えられるようになりました。

しかし、「幸福」は、上記のような「主観的幸福感」にとどまるものではありません。古代ギリシャの哲学者アリストテレスによれば、幸福とは、人生における最高の善であり、それ自体が追求されるものです。幸福感とは必ずしも一致していません。アリストテレス自身、快楽と幸福は違うと言っています。このような立場からは幸福感のみを測るのではなく、概念としての幸福を支えるものから測定すべきということになります。様々な客観的指標を活用して測定する方法の研究も、当研究所における幸福度研究の重要なテーマです。(ホームページより抜粋)

全浴連の調査・研究もこの視点に立ち、一般財団法人日本健康開発財団に委嘱して、前出の早坂教授主導のもとに行なわれました。ところで、唐突に「銭湯入浴を頻繁にする人は幸福度が高い」と言ってしまいましたが、その「幸福」ってなんなのでしょうか。もう少し考えてみましょう。2012年10月、滋賀県草津市の総合政策部・草津未来研究所が発表した「幸福度研究に関する調査研究報告書―総合計画への幸福度指標導入について」の第2章に次のようなことが書かれています(役所の文書なので、タイトルも中身もやや仰々しくてすみません)。

元ハーバード大学学長のデレク・ボックが、「生活に満足し、喜びを感じることが多く、悲しみや怒りといった嫌な感情をあまり感じないならば、その人の幸福度は高い。反対に、生活に不満があり、喜びや愛情をほとんど感じず、怒りや不安のような嫌な感情を抱くことが多いならば、その人の幸福度は低い」という定義を紹介しましたが、これは、いわば「主観的幸福感」につながる考え方です。一方、幸福感には客観的なものもあります。例えば脳波などの生理学的な指標を用いて、外部的に定められた基準で測定されるものです。幸福にはこのように主観的なものと客観的なものがあり、前者はアンケートなどによって、個々人が人生の満足度などを包括的にどのように自己評価しているか探り出すものです。

このように見てくると、25年も昔に東京都浴場組合が行った「銭湯と家庭風呂の効果を比較する医学実験」の先見性が見えてくるかもしれません。この実験で中心となった指標は脳波の中のα波、つまりリラックス脳波と呼ばれるものでした。そして、銭湯で入浴するほうが家庭の狭い浴室で入浴するより有意にα波が増える、という画期的な現象が証明されたのでした。リラックス、つまり解放感は「快」や「楽」を呼び起こし、結果的に幸福感に結び付きます。この時点で、銭湯の「客観的幸福度」は明らかになっていましたが、今回の調査研究はまさに銭湯の「主観的幸福度」の高さを証明するものにほかなりません。

調査は2018年9月にインターネット調査会社を使って実施されました。この調査会社は一般財団法人日本情報経済社会推進協会より「個人情報保護に関するマネジメントシステムの要求事項」に準拠して個人情報を適正に取り扱っている事業者としてプライバシーマーク付与認定を受けています。この調査会社に登録しているモニターから、過去3年以内の銭湯利用者280名、それ以外の者278名を対象としました。では、この二者間でどのような差が出たのでしょうか。(以下、次号)


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