子供の頃から地図を眺めることが好きだった。とりわけ東京都の地図帳が愛読書。自宅がある区部や大きな駅周辺の道路は、細かく網目のように複雑で、市部の郊外はもっとゆったりだと思えて、地図の上で空想散歩を楽しんでいた。大人になって地図を片手に実際に街歩きに出かけるようになると、ページの中の街並みや自然がイメージ通りだと体感することが度々あり、その喜びはまた別の街へと私を誘った。
そうしているうちに出会った「銭湯巡り」。あとはきっと皆さんと同じように、ご近所から遠出まで銭湯との出会いが楽しくて仕方ない。いつしか地図はスマートフォンの中に格納され、簡便に目的地までたどり着ける時代になったけれど、初めて訪れる銭湯に向かう道のガイド役に、私は今でもあえて「東京銭湯ぶらり湯めぐりマップ(2世代前のもの)」を携えている。マーカーや書き込みで傷んできた冊子が愛おしくて、情報がすでに古いものになっているとしても、手放せないのだ。銭湯を訪れたらマップ上をボールペンのマルで囲む瞬間が、相変わらずたまらないのである。
前置きが長くなってしまった。今回は昭和25(1950)年創業の人気銭湯、江東区大島1丁目「第二久の湯」を紹介したい。初めて訪れてもどこか懐かしくて親近感がある、二度三度と通いたくなる銭湯だ。「第二久の湯」では最近若い担い手が日々の切り盛りに加わり、新しい歴史の章が始まろうとしているという。SNSなどでの活発な情報発信が次第に注目を集めるようになり、先日は公開イベントとして5年ぶりの「ペンキ絵描き替え」も行われた。その朗らかな様子もあわせて「第二久の湯」の今を紹介していく。湯めぐりマップを携えて、さあ出かけよう。
■水彩都市の銭湯
江東区を散策すると「橋」の多さにすぐ気付く。
江戸時代から江東区周辺は水運の拠点として発展した場所でもあり、潤いを感じる場所がいたる所にある。埋め立てで陸地を広げ、物流や治水のために運河を整備してきたため、今も街なかを網目のように水路が走る。それらに架かる橋々には多種多様な趣があり、渡る人びとの目を楽しませてくれる。水路沿いには整備された公園や緑道が多く、憩いの場所になっている。「散策映え」がするのは江東区の大きな魅力だ。
江東区の銭湯巡りには、ぜひ時間にゆとりを持って周辺散策もおすすめしたい。
都営地下鉄新宿線「西大島」駅A1出口から地上に上がると、幹線道路の大きな交差点がある。南北には、江東区夢の島から墨田・荒川区にまたがる向島エリアを結ぶ縦の「明治通り」。東西には、江戸川区の千葉県境から隅田川につながる横の「新大橋通り」。いずれも湾岸部と都心部との物流路線として機能し、道幅は広く交通量も多い。
駅前から明治通りを南へ歩く。日用品販売や飲食の店が連なり、少し先には要塞のように巨大な集合住宅や、大型ショッピングモールが見える。大通りと交差する脇道は意外と細く、その先には家並みが続くのが見通せる。行き交う人びとは老若男女さまざまだ。足速に歩く背広姿の勤め人、ゆっくりベビーカーを押す若いファミリー、部活だろうかジャージを羽織った学生、その合間を縫うように、あふれそうな買い物袋を荷台に載せた壮年女性がベルを鳴らして豪快に自転車を漕ぐ。この場所での代々の暮らしやすさと、近年流入してきた若い家族の暮らしやすさがうまく共存しているように見える。このにぎやかな風景をミニチュアのジオラマで見てみたらきっと面白いだろう。
近代的な「街並み」と、歴史ある「町並み」の共存。水彩画のように柔らかく、風景がきれいな街。江東区が「水彩都市」と呼ばれる所以だ。「水彩都市」には都会的な活気があり、また穏やかな川面のようにのんびりとした雰囲気も感じられ、この不思議な調和になんだかホッとする。
橋の上、ゆるい風と光の中、川景色を眺めてみる。もしも貴女が恋をしている女性だったなら、BGMには「色彩都市/大貫妙子」がきっと似合う。おすすめしたい。
こうして駅前の交差点から明治通りを南へ歩くこと約5分、進開橋手前の細い脇道を右に折れると高い建物が無くなり、空が開けた。空の青さに思わず目を細める。脇道の先は「街」が「町」に変わる境界だ。音なのか匂いなのか、銭湯の気配がした。気配が先に、その後で「第二久の湯」の大きな緑色の庇が左手に見える。昔から知っている場所に来たかのような、どこか懐かしい感覚が一気に込み上げる。
■感じのよい気配をまとった銭湯
フロントから「こんにちは、いらっしゃいませ!」と元気に迎えてくれるのは、噂の若旦那「荻(おぎ)賢一」さん。店主である第二久の湯2代目、久島美孝さんの娘さんのご主人だ。接客業で「人の第一印象は3秒で決まる」(メラビアンの法則)というのは通説だが、3秒を待たずして好青年だとわかる。いい銭湯に来たな、という直感。
賢一さんによれば、銭湯への思い入れはそれほど熱いものではなかったそうだが、縁があって結ばれた奥様の実家が銭湯だったということで手伝いをしているうちに、次第に仕事として意識をするようになっていったという。それまで勤めていた介護関連の仕事を辞め、現在はお義父さん、お義母さんはじめ久島家ファミリーと一緒に第二久の湯の運営を担っているとのことだ。
そんな賢一さんの様子を、目を細めて見ているのが2代目久島さんご夫婦。お二人の第一印象も、3秒を待たずして決まった。第二久の湯には「お店の人の感じがいい」というネットの口コミが多いことにもうなずける。雰囲気は人が創るもの。昭和から大切に丁寧に維持されてきた建具や設備、素晴らしい男湯側の庭や浴室のタイル、調度品、これらの優れたピースの数々を、最後に「感じの良さ」で包んでいる銭湯。紛れもなくいい気配をまとった銭湯だ。
「賢一くんがいろいろと仕掛けてくれるようになってさ」と久島さん。SNSでの情報発信を通じては若い世代への情報提供を、また常連の年配客に向けてのメッセージにも積極的に取り組んでいるという。
こういった取り組みについて賢一さんに聞いてみた。「まず地域を大切にしたいんです」「銭湯をもっと身近に感じてほしいと思っています」という答えが即座に返ってきた。まずは地域を、という言葉には、これまで久島さんご一家が日々維持してきた「第二久の湯」への尊敬と感謝の気持ちが込められていると感じた。確かな家族愛がそこにある。その上で「家業を一緒に支えていく」強い覚悟が瞳に宿っているのが見えた。
「こんちわ!」と久島さんと同年代の常連客が入って来ては賢一さんと会話を弾ませる。長く通っている常連客にとっても賢一さんは「育て甲斐がある」のだろう。地域を大切にしたいと思う気持ちは、しっかり届き始めているようだ。
地域に愛され、新しい風も吹き込みはじめた「第二久の湯」。[後編]では使い勝手の良い浴室の魅力と、銭湯をもっと身近に——そんな思いが形になったイベントの一日をご紹介します。
(写真・文:銭湯ライター 佐藤明俊)
【DATA】
第二久の湯(江東区 | 西大島駅)
●銭湯お遍路番号:江東区 18番
●住所:江東区大島1-36-6(銭湯マップはこちら)
●TEL:03-3637-1226
●営業時間:15~22時
●定休日:木曜
●交通:都営新宿線「西大島」駅下車、徒歩3分
●ホームページ:https://sites.google.com/view/hisanoyu
●X(旧Twitter):@GUjmkh4T39LMH7k
※記事の内容は掲載時の情報です。最新の情報とは異なる場合がありますので、予めご了承ください。













