外観がお寺のように見える宮造り銭湯は、関東大震災の復興期に東京の墨田区に初めて登場した。質素な外観の銭湯しかなかった当時、新たに生まれた豪華な宮造り銭湯は見る人を驚かせ、たちまち東京中の評判に。以後、宮造り銭湯は東京銭湯の定番となり、昭和30年代まで作られた。しかし、その特徴的な外観を持つ銭湯も、近年は廃業や改装などで毎年姿を消しつつある。

 そんな状況ではあるが、今回訪ねた末広湯は、まるで昭和にタイムスリップしたかのように思わせる、宮造り銭湯の特徴を色濃く残した店だ。

「うちは昔のスタイルで営業していることしか売りがないんです」と語るのは、落ち着いた物腰が印象的なご主人の螻(けら)弘幸さん。千鳥破風の屋根、高い煙突、坪庭、番台、天井の高い脱衣場、木の桶、富士山の背景画……。創業した昭和32年当初と、お店の外も中もほとんど変わっていないという。

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 脱衣場は、以前は真ん中にあったロッカーを撤去したそうで、高い天井と相まって開放感いっぱい。脱衣場全体から感じられる、歳月を重ねた木の質感に心が安らぐ。建設当時に贈られた祝い額や柱時計も、なんともいえない風情がある。2週間に1回ほどゼンマイを巻くという柱時計は、60年のときを経た今も現役で、ボーンボーンという心地よい音を響かせる。

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 男湯の浴室に足を踏み入れると正面に見えるのが、故早川利光絵師による背景画の富士山。背景画は数年おきに描きかえられるのが一般的だが、2004年に描かれたものが黒ずみもなく良好な状態で保存されているのは驚異的だ。「あるとき早川さんが“絵を見せてください”って、自分の絵を見に来たことがあったんです。それから1ヵ月ぐらいして突然訃報が届いたのでびっくりしました。ひょっとしたら自分の描いた作品を訪ねる旅をしていたのかもしれませんね」とご主人。また、男女の仕切り壁の男湯側には先代のご主人が好きだったという浮世絵の美人画が並んでおり、なんとも艶っぽい。

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 湯船が浅いものと深いものが1つずつというのも、昔ながらの東京スタイル。ただし昔と大きく異なるのがお湯の温度。東京の銭湯の中でも、レトロな銭湯ではお湯が熱い場合が多い。しかし末広湯では、熱い湯は体によくないという人もいるし、家族連れにも楽しんでほしいからとの理由で、湯の温度を40℃程度とぬるめに設定している(ただし、開店直後の早い時間は常連さんのために少し熱くしてある)。桶はよくあるケロリン桶ではなく、都内でも数軒しか使っていない木桶を用意。とにかく店全体が昭和の頃と変わらない風景で営業している姿に、きっと誰もが感激することだろう。

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 驚くべきは、どこを見ても手入れが行き届いており、現役感があふれているところ。築60年近く建つというのに、鄙びた感じがしないのだ。「先代が掃除にこだわる人でした。その伝統ですね」とさりげなくご主人は話すが、脱衣場も浴室も光り輝かんばかり。きっと並々ならぬ苦労が、この清潔感を生み出しているのだろう。

「先代の唱えた“ シンプル イズ ベスト” をモットーに営業中です。今風の設備はありませんが、東京の風呂屋の原型を見たければ、ぜひお越しください」というご主人の言葉通り、末広湯は昔のままの宮造り銭湯をそのまま楽しめる貴重な銭湯。京成線「お花茶屋」駅からは、一本道を南へ徒歩10分ほどだ。

 ところで、ご主人の趣味は武道の探究で、店が休みの日は合気道を楽しんでいる。高校時代は柔道部に所属して「史上最強の柔道家」といわれた木村政彦氏に教わっていたという。番台にご主人がいたら、武道談義が楽しめるかもしれない。
(写真・文:編集部)


【DATA】
末広湯(葛飾区)
●銭湯お遍路番号:葛飾区 17番
●住所:葛飾区宝町1-2-30
●TEL:03-3693-3310
●営業時間:16〜23時
●定休日:火曜
●交通:京成線「お花茶屋」駅下車、徒歩10分
●ホームページ:http://hp1.cyberstation.ne.jp/kera/
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女湯の背景画は、南紀白浜の円月島

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真ん中の列のカランはシャワーがないので広々

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番台に立って見た脱衣場と浴室

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昔ながらの籐の籠も用意

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お客さんを温かく見守る番台

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葛飾区の銭湯PRキャラクター「ゆ2 (ゆーゆ)ほのかちゃん」