■そこかしこに感じられる懐かしさ

「懐かしくて、新しい」

天狗湯を訪れて感じた印象を言葉にすれば、こんなところか。
正直申し上げて、西荻窪と銭湯というのが、イメージとして結びつかなかった。最近もテレビの情報番組で、西荻窪がおしゃれな街として紹介されていた。そんな街にある銭湯って、いったいどんなところなのか? 取材に先立ち、偵察にうかがってみた。

玄関をくぐると、入ってすぐがロビー。カウンターで入浴料を支払い、男湯へ。ここまでは番台のない、いわゆる新しめの銭湯。ところが脱衣場に入ると、そこかしこに懐かしい代物が。たとえば、鏡。広告が入っている。ロッカーの前には、畳を敷いた長方形の腰掛スペース。ガラス戸の外には、坪庭。

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畳張りの腰掛台

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天狗湯のシンボルの一つ、坪庭

洗い場に進むと、壁にはモザイクタイル絵と、正面の壁には丸山清人さんが描いたペンキ絵。その下にはなんと、プラスチック板に書かれた広告。どれも、なんとも懐かしい。

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天狗湯自慢のモザイクタイル絵

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天狗湯では現役、ペンキ絵下の広告

なぜ、懐かしくて新しいのか、天狗湯は? そのわけを聞こうと翌日、取材にうかがった。

■成長を続ける銭湯

「おしゃれじゃないですよ、西荻は(笑)」と三代目の澤成一さん。

「私で三代目。初代は祖父の正治。開業は昭和29(1954)年です。戦前は荏原区(現在の品川区西部)で風呂屋を経営していたけど、それが戦災で焼けちゃいまして。売りに出ている風呂屋があるというんで、ここを買い取ったんです。そのころは『吉野湯』といってました」

その後、建物に傷みが目立ったので、昭和44(1969)年に建て替えた。それを機に、屋号を「天狗湯」と改め、現在に至る。正治さんの三男さんが二代目。その長男の成一さんが現在のご主人だ。

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フロントに立つ三代目ご主人、澤成一さん

澤さんに「懐かしくて、新しい」という筆者の印象を伝えると、澤さんはその理由を説明してくれた。

「西荻は庶民的な街なので、銭湯がやっていけるんですが、一時は客も減りました。だからいろいろ工夫してますよ。平成13(2001)年にロビーを作りましたし、去年(2018年)の6月には外壁をはじめ、いろいろ新しくしました。『へー、天狗湯って新しくなったんだ』なんて言いながら、店の前を通っていく人の声が聞こえたりね」

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リニューアルしたばかりの正面玄関

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丸山絵師のペンキ絵は額入り

新しくしたといえば、浴室の壁面もそう。傷みが目立ち始めたので、平成27(2015)年に新しく張り替えた。その際に丸山清人さん描くところのペンキ絵は、額に納めた。

「昨年は浴槽も手を加えました。手前に広げて、それとお湯の温度も変えました。常連さんからは『なんでぬるくするんだ』と文句を言われましたけど、客の好みも変わりますからね」

人気は、男湯なら向かって右、女湯なら左のミルク風呂。これも成一さんのアイデアだ。高円寺の小杉湯を見習って取り入れた。

右のミルク風呂は39度でかなりぬるめ。その左はジェットバスで、この日は草津の温泉が満たされていたが、湯の温度は41度。そのまた左は深風呂。入ると腰ぐらいの深さ。こちらはちょっと熱めで43度。いちばん左が水風呂で20度。その時の気分で、入る順番を変える楽しみ方もある。

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4種類の温度が楽しめる

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温度はぬるめ、ミルク風呂

なお、近年行ったリニューアルで、いろいろと新しくなっているが、実は一つだけ、開業以来変わっていないものがある。それは、同じ井戸水を使い続けている、ということだ。

三代目として変えるところは変える。だけれども、守るところは、しっかり守る。そして一見古いようでいて、実は様々な新しい工夫を凝らしている。これが天狗湯の「懐かしくて、新しい」理由のようだ。
(写真・文:銭湯ライター 丸 広


【DATA】
天狗湯(杉並区|西荻窪駅)
●銭湯お遍路番号:杉並区 9番
●住所: 杉並区西荻南1-21-4
●TEL:03-3333-9461
●営業時間:15時45分~23時45分
●定休日:金曜
●交通:中央線「西荻窪」駅下車、徒歩7分
●ホームページ:http://blog.livedoor.jp/sirakababbq/
https://twitter.com/sirakababbq
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