芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの小説『コンビニ人間』は、次のような一節から始まる。
「コンビニエンスストアは、音で満ちている。客が入ってくるチャイムの音に、店内を流れる有線放送で新商品を宣伝するアイドルの声。店員の掛け声に、バーコードをスキャンする音。かごに物を入れる音、パンの袋が握られる音に、店内を歩き回るヒールの音。全てが混ざり合い、「コンビニの音」になって、私の鼓膜にずっと触れている」。
 銭湯とコンビニ。一風変わった組み合わせだが、両者はどこかワクワク、楽しい感じが共通しているように思われる。

 JR新小岩駅からバスで数駅目、「江戸川区役所前」で降りて徒歩約5分のところにある「仁岸湯(にぎしゆ)」。今年、祖父から経営を引き継いだご主人の岡部利紀さん(28歳)の前職はサラリーマンだ。コンビニエンスストアのセブン-イレブン・ジャパンに勤めていた。
「コンビニと銭湯の経営ですが、似ている部分はありますね。やはり『お客様第一』の考え方というのは同じだと思います。セブン-イレブン時代には、店舗の経営管理とかにも関わっていましたが、お客様のためにいかに必要な商品を仕入れるかとか、掃除や清掃の徹底で喜んでもらえる環境を作ることの重要性を学びました。銭湯の経営においても、お客さん目線で物を考えることが大事という考え方は、前職から引き継いでいます」
 こう話す利紀さんの表情は、まさに若き優秀なビジネスマンそのものであった。

 仁岸湯の開業は昭和35(1960)年。今年で58年目を迎える。先代の岡部利定さん(83歳)が、創業者で初代だった父親から引き継いだバトンを今年、孫の利紀さんへと渡した。
「祖父の父親、私のひいおじいちゃんが石川県の出身で。そこに仁岸川というのがあったのが屋号の由来です。銭湯を継ごうと思った理由ですか? 私の父が継がないのでどうしようということになって、じゃあ若い自分がやろうかと。まあ、まだ祖父が元気なので、分からないことがあったら聞くという感じです」
 実はまだ分からないことの方が多いんですよ、と明るく笑う “三代目” の利紀さんだが、職場を見つめる目はプロフェッショナルそのものだ。

「銭湯の経営に関して大事にしなければいけないことは“清潔感”だと思っています。やはりお客様は身体を綺麗にしにくるのですから。見えるところだけでなく、掃除はしっかりやらないといけませんよね。たとえば排水口の内側とかも、髪の毛がたまらないように毎日掃除しています。定休日の火曜日は、なるべく他の銭湯に行くようにしていますが、どこもやはり清掃は第一優先でやっていると思いますね。とても勉強になります」
 今後の目標としては、より若いお客さんに来てもらいたいという。
「江戸川区という下町の環境もあって、どうしても昔から来ている常連のお客さんが多いんですよね。うちの売りは炭酸泉なんですが、健康に気をつけているお年寄りのみなさんにとても人気があります。そういった方々に加えて、これからはいかに若い人たちに銭湯に来てもらえるかを考えていきたいと思います。セブン-イレブン時代に地元の八百屋さんから仕入れた野菜を置く『野菜市』というのをやったところ、好評だったんですね。この銭湯でも開店前に駐車場のところに野菜を置いて売ったりとか、フリーマーケットのようなことをやっても面白いかなと。たとえ利益は出なくても、地域密着というか、若い人に関心を持ってもらって、銭湯に来てもらえるような宣伝になればいいと思うんですよ」

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「お客様第一です」と語る岡部さんファミリー

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歩行湯、ジェットバスなど多彩なお風呂がある

 取材後、銭湯に入らせていただいた。午後2時半営業スタートだが、この日は土曜日ということもあり、銭湯の前にはお客さんの行列が。定刻10分前に暖簾がかかったのだが、お客さんが多い時、こういう繰り上げ営業はよくあるとのこと。

 広い湯船に浸かってのんびり一番湯を味わったあとは、階段を上がって2階にあるサウナへ。驚いたのは温度の高さ。普通90度くらいのサウナの室温が100度近くもあった。これは発汗効果間違いなしだろう。

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広さを感じさせる浴室(男湯)

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2階にあるサウナ。こちらも広い

 最後に人気の炭酸泉へ。すでに先客がおふたり。地元の常連さんらしく、仲良く世間話をしていていい雰囲気。温度も低めで、これなら長い時間入っていられそうだった。

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高血圧の改善にも効果的な炭酸泉

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中島盛夫氏による赤富士のペンキ絵

 銭湯を出るとき、番台にはご主人の祖母の徳子さん(80歳)が座っていた。
「どんな言葉をかけられたときが、うれしいですか?」と聞くと、
「『いい湯だったね』と言われたときですね」とのこと。
 若きご主人の利紀さんは、「おばあちゃんがまだ元気だから、自分は当分番台に座れないんですよ」と苦笑い。いえいえ、それは幸せなことでしょう。
 銭湯の未来、そのヒントはコンビニエンスストアの「地域密着経営」にあり。
 古さと新しさの調和がとれた仁岸湯、いいお湯でした。
(写真・文:銭湯ライター 目崎敬三


【DATA】
仁岸湯(江戸川区|新小岩駅)
●銭湯お遍路番号:江戸川区 16番
●住所:江戸川区中央2-7-2
●TEL:03-3652-2307
●営業時間:14時半~23時
●定休日:火曜
●交通:総武線「新小岩」駅よりバス。「江戸川区役所前」下車、徒歩5分
●ホームページ:http://www.oyunofuji1010.com/
●Twitter:https://twitter.com/nigishiyu_sento
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ドライヤーは無料で利用できる

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血圧計が設置されている

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入口は高齢者に優しいバリアフリー

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入口周辺には駐輪所のほか駐車場もある