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 宮沢りえ、杉咲花、松坂桃李、オダギリジョーといった今をときめく豪華キャストが出演し、銭湯を経営する家族の愛情を描いた話題の映画「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016年10月29日公開)。自身が手がけたオリジナル脚本で商業映画デビューを果たした、今日本で最も注目を集める若手監督の一人、中野量太監督に映画の見所について伺いました。

■廃業直後の都内最古級の銭湯で撮影を敢行

 この映画は、実は2ヵ所の銭湯で撮影を行っています。外観のシーンは足利市にある「花の湯」、脱衣場や浴室は文京区にあった都内最古級の木造建築銭湯「月の湯」で撮影しました。

 一軒で撮影を済ませられたらよかったんですが、僕が昔ながらの銭湯にある番台と富士山にこだわりがあって、その2つがある銭湯をスタッフに探してもらったんです。それで見つかったのが「月の湯」でした。営業中の銭湯で撮影するのは大変ですが、「月の湯」は廃業していて自由にやらせてもらうことができたので、結果的にはよかったです。

 撮影を行ったのは2015年6月の3週間だったんですが、「月の湯」は5月末で廃業し、取り壊しも決まっていたんですね。それを映画の撮影で使いたいということで待ってもらい、撮影することができたんです。撮影が終わった直後の7月には取り壊されましたから、本当の最後の姿を記録することができました。タイミング的にも、月の湯とはすごく縁があったんだなと思います。

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外観は栃木県足利市の「花の湯」で撮影

 

■商業映画デビュー作の舞台に銭湯を選んだ理由

 僕は、これまで家族や人のつながりをテーマにした自主制作映画を撮ってきました。今回、商業映画の監督としてデビューするにあたり銭湯をテーマに選んだのは、知らない人同士が一つの湯船に入ってくつろいだり、癒されたりする銭湯という場所が、自分のテーマにどんぴしゃに合ったからです。小さいときから兄や友達と銭湯に通っていたので楽しい場所というイメージがあって、その雰囲気も好きだったんですね。喫茶店で知らない人から話しかけられたら驚きますけど、銭湯なら話しかけられても違和感がない。それが許される銭湯という場所が好きなんです。人と人が生きる基本が、銭湯にあるような気がしますね。

 それと実は16年前に日本映画学校(現:日本映画大学)の卒業制作で、初めて撮影した映画の舞台が銭湯だったんです。そこで、商業映画デビューするにあたって、自分の原点でもある銭湯へ立ち返ってみようかなと。

 また、海外でも通用する映画を作りたいということを強く意識していました。知らない人同士が銭湯で同じ湯船につかるのって、日本人にしてみたら当たり前のことですけど、海外から見たら独特の文化。番台だって、客のほうを向いている。外国人が見たら「なんだこれは」って、言われると思います(笑)。極めて日本的な場所である銭湯を通して、海外の人へ「日本らしさ」を伝えたい。そんな理由で自分の大好きな銭湯を舞台に、オリジナルの脚本で家族愛の物語を撮ろうと決めました。

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■宮沢りえさんへ出演を依頼した、2つのこだわり

 主人公である銭湯の女将・双葉をどなたにお願いするかにあたっては、2つこだわりがありました。一つはちゃんとお母さんをしている人であること、もう一つは死にゆく母の話なので、その点を理解している人に出演してほしかったんです。

 宮沢さんは娘さんを育てていて、なおかつ数年前にお母さんを亡くされている。今、宮沢さんがこの役を演じたら、絶対すごいことになると勝手に縁を感じていたんです。宮沢さんが脚本を読んで出演する気になってくれたのも、僕のそんな思いが通じたからかもしれませんね。

 今回の映画は宮沢りえさん演じる銭湯の女将さんが、余命2ヵ月を宣告された残りの日々を生き抜く姿を描いたわけですが、衝撃のラストに向かっていかに人間関係を丁寧に丁寧に描くかを大事にしました。最後に「ああ、よかったね。お母ちゃん」と観客に思ってもらうためにその部分は絶対必要で、そこで手を抜いたらファンタジーの「逃げ」にしかならない。だから怖かったですよ。ラストシーンが受け入られない人がいたらどうしようと思って(笑)。

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■肉親を失っても力強く生きる家族を描きたい

 人はみんないつか亡くなるし、家族ができれば、家族は順番に送っていかなければならない。残された人がどう生きるかというのは僕がずっとテーマにしていて、今回もお母さんが亡くなったあと、残された家族はどう生きればいいのか、そのためにお母さんは何を準備すればいいのか、そのへんのやりとりですかね、僕が描きたかったのは。お母さんがいなくなっても、家族は前に進んでちゃんと生きていける。子どもが番台に座ったりして、しっかり銭湯を続けていくと思うし、頑張って生きていくんだろうなと観客に思ってもらえたら、お母さんの死は意味のあるものになるというか……。

■「月の湯」で最後に見たゾクッとする風景

「花の湯」では営業中に撮影を行っていたのですが、映画のシーンで使った「店主が蒸発しました」という貼紙を、お客さんが本物と勘違いするハプニングもあったようです(笑)。

 そういえば、撮影中に印象的だったできごとがあります。撮影で使わせてもらった「月の湯」では、家族全員でお風呂に入るシーンを撮影するために、廃業した後でしたがご主人にお風呂を沸かしてもらったんです。そのシーンの撮影が終わって僕らが帰り支度をしていた時、ご主人がひっそり湯船につかっていたんですね。たぶん、最後の最後は自分が入っておきたかったんじゃないかなと思うんです。「最後に俺が入って終わるんだ」って。その風景を見たときは、ちょっとゾクッとしましたね。

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内部は文京区の「月の湯」で撮影

 

■風呂がどの家にもある時代、銭湯の存在とは

 今、全国で銭湯が減っているそうですけど、どの家にも風呂がある時代ですから、難しいですよね。古いままのところと新しく直したところと極端になっていますけど、どちらも共通しているのは、疲れをとりに行く特別な場所という意識ですよね。そこをいい感じにしてもらえたら、続いていくのでは……。

 それと、気軽にコミュニケーションを取れる場が今の世の中にはないですよね。他人同士が一緒にお風呂に入って「今日は暑いですね」なんて、知らない人がしゃべったりする場所はない。そういうことをみんな避けるけど、心の中ではつながりたがっている。それができるのが銭湯なんじゃないでしょうか。だから、今回の映画の舞台にも選んだわけだし、気軽に行ける場所として、これからも湯を沸かし続けてほしいですね。

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■家族に見せたいと思える映画にしたい

 今回クランクイン前のスタッフ会議では、「皆さんが自分の家族に見せたいと思える映画にしたい」と話しました。試写会ではオダギリジョーさんや杉咲花さんのお母さんをはじめ、出演者やスタッフの家族がたくさん見に来てくれて嬉しかったですね。スタッフやキャストが自分の家族に見せたいと思うことができる映画は、きっとヒットするんじゃないかな、と思っているんですけど(笑)。親子や家族で本作を見た後は、お風呂屋さんへみんなで行って、ほっこりしてほしいですね。映画の感想を話し合ったりして。

(写真:望月ロウ 文:タナカユウジ)


【プロフィール】
中野量太(なかのりょうた) 1973年生まれ、京都府育ち。大学卒業後、日本映画学校に入学し、映画作りを学ぶ。卒業制作『バンザイ人生まっ赤っ赤。』(’00)が、日本映画学校今村昌平賞、TAMA NEW WAVEグランプリなどを受賞。卒業後、映画の助監督やテレビのディレクターを経て6年ぶりに撮影した『ロケットパンチを君に!』(’06)が、ひろしま映像展グランプリなど7つの賞に輝く。以後『琥珀色のキラキラ』(’08)、『チチを撮りに』(’12)などで高い評価を受ける。独自の視点と感性で「家族」を描く、日本で最も注目されている若手監督の一人。

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余命2ヵ月を懸命に生きる銭湯の女将・双葉を演じる宮沢りえさん(©2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会)

映画「湯を沸かすほどの熱い愛」
2016/10/29(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー。●出演:宮沢りえ、杉咲花、篠原ゆき子、駿河太郎、伊藤蒼/松阪桃李/オダギリジョー ●脚本・監督:中野量太 ●主題歌:きのこ帝国「愛のゆくえ」 ●配給:クロックワークス