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 銭湯といえば、湯船の上の雄大な富士山の背景画を思い浮かべる人も多いはず。この背景画を描く絵師の世界へ18歳で弟子入りし、以来60年以上にわたって背景画を描き続けているのが絵師の丸山清人さん。2月上旬、「ギャラリービブリオ」(国立市)で開催された「銭湯背景画教室」(主催:公衆浴場背景画保存会)にお邪魔して、お話をうかがってきました。

■最近はイベントで描くことも増えている

 教室を開いて背景画を教えるのは初めてだったんだけど、みんな上手に描けてたね。最初に見本を描くところを見せて、あとは見本を真似してねって、描いてもらったんだ。富士山の形にそれぞれ個性が出て、おもしろかったよ。

 最近は、どういうわけかイベントが多いんだ。今年だけでも、1月に中野ブロードウェイで個展、2月がこの銭湯背景画教室に、来週はトークショー、月末には羽田の国際線ターミナルでライブペインティングもあるんだよ。銭湯で描く仕事? 冬の間は全然ない(笑)。冬はペンキが乾きにくいんだよ。銭湯で描くのは、春から秋の間だね。

 銭湯に来るお客さんに見てもらうのが背景画だけど、去年はうちわ展に出品したり、「富士山を味わうフェア」っていう企画で、京王プラザホテルでライブペインティングしたり、最近は銭湯以外で描く機会が増えてるんだ。背景画に興味を持ってくれる人が増えている、ってのはありがたいね。

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■空ばかり描かされていた絵師見習い時代

 背景画絵師の世界に入ったのは昭和28年、18歳のとき。当時は銭湯専門の広告代理店で背景広告社っていうのがあってね。父が働いていた関係で、そこに入って背景画を描く修行を始めたんだ。子供の頃から絵を描くのが好きだったしね。
 背景広告社は、その頃高円寺の環七(環状七号線)沿いにあったんだ。環七が今みたいに道幅が広くなる前で、車も1日5〜6台しか通らない。周りは草ボーボーで、よく環七で仕事の合間に草野球をやったなあ。今じゃ考えられないけど、そんな思い出があるよ。

 背景広告社の仕事はね、今でもたまに見かけるけど、銭湯の背景画の下に広告の看板が入ってるでしょ。昔は銭湯に人がたくさん来たから、そこに銭湯の近所の店が広告を出したんだよ。それで広告の看板を銭湯に置かせてもらう代わりに、背景画を年に一度サービスで描いてたんだ。

 見習いのうちは、空ばっかり描かされてね。そのうち雲や松とか他の部分も描かせてもらうようになった。一人前になるまで4〜5年かかったかな。25歳ぐらいのときにようやく一人で全部描くのを任されるようになったんだ。

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第一金乗湯(板橋区)での制作風景

■長いキャリア、失敗もいろいろ

 オリンピックがあった昭和39年代頃から昭和40年代前半にかけては、銭湯が一番多い時期だったから、とにかく忙しかったねえ。もう一人の絵師の中島(※中島盛夫氏)とコンビを組んで、日曜日以外は毎日描いてたよ。今は銭湯の定休日に一日かけて一人で描くけど、昔は営業している日に二人で描いてたんだ。空の部分なんか今はローラーで塗るけど、昔は刷毛でやってたから手間がかかってね。開店前に終わらせなきゃいけないから大変だったよ。その頃から比べたら、最近は銭湯も減ったし、ヒマだよ(笑)

 今は足場を組むけど、昔はどこの銭湯にもたくさんあったベビーベッドとか、湯船の木の蓋を足場代わりにしてたんだ。はしごは銭湯から借りてね。足場といえば、一度足場から湯船に落ちて足を火傷したことがあったな。
 昔の銭湯は沸かしたお湯をそのまま湯船に入れて、後から水で埋めてたんだ。絵を描き終わって広告の看板を入れる時だったんだけど、足場の上でバランスを崩して熱いお湯の中にドボン(笑)。落ちたのはその1回きりだけど、ペンキを湯船に落として怒られたりしたこともあった。長くやってるから、失敗はいろいろあったよ(笑)。

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■1万枚描いても師匠には追いつけない

 うちの師匠(叔父の丸山喜久男氏)は絵が上手で、描くのが早くてね。これまで1万枚以上の背景画を描いて来たんだけど、今だに追いつけない。
 富士山は陰影とグラデーションが命なんだけど、今も描き終わった後「ああすればよかった」「こうすればよかった」って思うことがある。特に夏場なんか乾くのが早いからグラデーションがやりづらい。やってる端から乾いちゃうから時間との勝負だね。

 富士山は、今でも見に行って撮った写真や絵葉書を眺めて参考にしてるよ。最近も大月から川口湖に行く途中に、すごく富士山がよく見えるところを見つけたんだ。山の裾のほうまでよく見えて、すごかったなあ。
 小さい鑑賞用の絵なら赤富士を描いたりすることもあるけど、銭湯ではやっぱり雪を被った青い富士山が人気がある。青と白だと浴室が明るくなるからね。

 昔は広告代をもらうから無料で背景画を提供してたけど、広告が廃れちゃってからは、銭湯から直に注文を受けて描いてる。描き替えは、毎年やる店もあるけど、4〜5年に1度が多いかな。久しぶりだとペンキがボロボロになっていることもあるんだ。そんなときは表面を削ってならさなきゃいけないから、描き始めるまでが大変だね。

 描くのは杉並とか世田谷の銭湯が多いけど、注文があればどこでも描きに行くよ。最近は妻や息子にたまに手伝ってもらうこともある。もう年だからね。でも身のこなしが歳の割(81歳)には軽いって、よく驚かれるんだ(笑)。

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■絵が上手な孫娘とコラボする日も?

 最近は富士山以外の注文もあるよ。葛飾北斎や安藤広重の浮世絵だとか、アメリカのシャスタ山とか。
 描く場所もいろいろ。老人ホーム、介護センターとかね。江戸川競艇場で描いたこともあったな、今も飾ってあるよ。あとは個人からの注文もある。背景画を描いたパネルを風呂場に貼るんだよ。俺んち? もちろん風呂に背景画のパネルを飾ってあるよ(笑)。

 孫娘がいるんだけど、この子が絵が上手でね。美大に行きたいって言ってるんだけど、どうなるかな。子供の頃から俺が描くのを見てたから、背景画描くのを手伝いたいって、たまに言ってるんだ。コラボ? どうなるかわからないけど、できたらおもしろいね。

 今年で81歳。60年以上背景画を描いてきたけど、あっという間だったなあ。よくここまで描き続けられたと思うよ。体が続く限り、この仕事を続けて行きたいね。あとどのくらいできるかわからないけど、生涯現役で頑張るよ(笑)。

(写真:望月ロウ 文:タナカユウジ)

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「銭湯背景画教室」終了後、丸山さんを囲んで


【プロフィール】
丸山清人さん 昭和10年東京都杉並区生まれ。昭和28年に(株)背景広告社に入社。昭和48年に独立。師匠は叔父の故・丸山喜久男氏。背景画を銭湯をはじめ、老人ホーム、介護センター、一般家庭の風呂用パネルに描いている。ホームページ:http://japan-fujiyama.com/


●浮世絵の背景画がある銭湯

御谷湯(墨田区)
第一金乗湯(板橋区)

●マウントシャスタの背景画がある銭湯
喜多の湯(清瀬市)


7-10.1湯フェスVol.5 260

千代の湯(目黒区)でのライブペインティング(写真提供:今井健太郎)


【取材地DATA】
GALLERY BIBLIO(ギャラリー・ビブリオ)
国立市中1-10-38
http://www.gbiblio.jp/

2015年5月「国立うちわ市」で丸山さんのうちわを販売、2015年9月に丸山さんの個展、2016年2月に銭湯背景画教室(主催:公衆浴場背景画保存会)や「くにたち銭湯フォーラム」(主催:銭湯もりあげた〜い)など、丸山さんに関係するイベントを開催。オーナーの祖父は、以前国立で「富士見湯」という銭湯を経営しており、銭湯との縁も深い。

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