2017/01/25

銭湯BOOKS

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この本の著者・笠原五夫氏の経営する「松の湯」は、東京メトロ東西線・落合駅のすぐそばにある。銅板レリーフの看板をはじめ、絵や彫刻を得意とする笠原氏の作品がいたるところに飾られている、ユニークで温かみのある雰囲気が特徴の銭湯だ(女湯にはなんと江戸時代の石榴口(ざくろぐち)を模したマイナスイオン室が設けられている!)。

笠原氏はかつて銭湯PR誌『1010』で「昭和銭湯奮闘記」「銭湯三國志」などの連載を長らく手がけており、筆者は担当編集者として足繁く松の湯に通っていた。松の湯の下の階にある中華料理屋で、絵と原稿の受け渡しをそそくさと済ませ、ビールを飲みながら銭湯業界の古今裏話が聞けるのを楽しみにしていたことが思い出される。

さて、笠原氏は昭和12(1937)年生まれ。昭和27(1957)年鞄一つで新潟から上京し、大田区の銭湯で住み込みの小僧となって銭湯業界入り。その後厳しい修行時代を経て、昭和48(1973)年に現在の「松の湯」を買い取り、一国一城の主となった。一代で銭湯の経営者として独立したのは戦後の銭湯業界でも稀とのことで、まさに立志伝中の人物である。

笠原氏が銭湯業界入りして自分の店を持つにいたる昭和20年代から40年代は、銭湯の最盛期と重なる。戦争が終わった昭和20年に約400軒しかなかった東京の銭湯は、以後毎年100軒ペースで増え続け、昭和40年頃のピーク時には2600軒を超える銭湯が営業していた。この本では、その頃の活気あふれる銭湯業界の様子や北陸銭湯人のルーツ、銭湯の仕事、銭湯の歴史など、多岐にわたる話がユーモアあふれる絵と洒脱な文章で紹介されている。

ちなみにこの昭和20年~40年代は、銭湯の仕事が大きく変わった時期でもある。番頭さんや女中さんが多く働く人海戦術の時代から、機械が導入され、少ない人手で営業できるように変化していったのだ。例えば、燃料を運ぶためのリヤカーはオート三輪となり、浴室掃除はタワシからデッキブラシに変わり、やがて電動ポリッシャーが導入された。さらには排湯の熱を利用して燃料を節約する熱交換器なども登場。そんな目まぐるしい変化も笠原氏の絵を通して見ると、銭湯業界の人でなくとも理解しやすいだろう。

また、現在ではどの浴場にも必ず設置されているお湯の「ろ過器」が昭和30年代には禁止されていたり、髪を洗う人は洗髪料を別途支払わなければならなかったなど、現代からすれば信じられないようなエピソードも。今はもう絶えてしまった「流し」(番頭さんが有料で背中を洗い流すサービス)の仕事やシャンプーの登場などは、そのまま昭和文化の貴重な記録ともなっており、銭湯ファンのみならず昭和レトロファンも楽しめる内容となっている。

戦後日本の復興と成長に軌を一にするかのように、我慢と創意工夫で自分の城を築いた昭和銭湯人の貴重な記録。この本を読んで銭湯へ足を運べば、また別の楽しみ方が生まれるかもしれない。

なお、笠原五夫氏は2016年4月に永眠された。『東京銭湯三國志』に続く2冊目となる本書が遺作となった。

(文:編集部)


笠原表紙_th

書名:絵でみる ニッポン銭湯文化
著者:笠原五夫
判型:B5横変型版/112ページ
定価:本体2000円+税
発行:里文出版