2017/03/23

俺の銭湯

1-黄金の湯 女子露天風呂_th


(上写真)掘り当てた2本目の温泉は「黄金の湯」と名付けられた


 2014年4月から始まり、2016年12月に完結した小説「俺の銭湯」。
「俺」こと、僕の視点から描く銭湯を舞台にした小説ですが、400字詰めの原稿用紙で500枚を書き切ることが出来たのは、ひとえに読者である皆様の応援のおかげでした。
「俺の銭湯」は、事実を基に病気がちだったオヤジと、頭は悪いけど元気だけが自慢の「俺」が銭湯を守っていく姿を楽しくもどこか哀愁を滲ませながら、魂を込めて書き上げています。番外編では、「俺の銭湯」で書き切れなかったことも交えながら、写真とともに時系列で思い返してみたいと思います。
 なお、「俺の銭湯」は電子書籍として来年の出版を目指して、現在加筆訂正を重ねています。また、4月からは僕自身が語る「朗読 俺の銭湯」を動画SNSで毎月公開する予定ですので、楽しみにお待ちください。(武蔵小山温泉 清水湯/川越太郎)

 

2-温泉掘削_2419_th

 いよいよ第二源泉である深度1500メートルの「黄金の湯」を掘削する工事が始まったときの写真です。約30メートルの温泉櫓(やぐら)が武蔵小山の街中に突如現れました。銭湯初の大深度温泉は、この後、温泉を掘る者の覚悟と決意を試されることとなります。地球の恵を享受するということには大きな責任が伴ってくるのです。莫大なコストがかかっていますが、その貴重な地球の恵でもある二つの天然温泉を銭湯価格で人々に提供することは、限りなく大きな意味と価値を持つことになります。
 ちょうどその当時、渋谷区松濤にある温浴施設で爆発事故がありました。その余波は温浴業界全体を覆っていました。僕も事故のことを我が事のように悩み、苦しみ、答えを導いていったのです。

■Read here! 俺の銭湯 第25話②はこちら

「最藤さん、本当に申し訳ありませんが、住民説明会はしません」
 副会長の顔が一瞬ひきしまった。
 間髪入れず言った。
「最藤さん、膝づめで説明させていただきます。もし100人僕の説明が必要なら、一人一人のところに出向いて一人一人、100人に懇切丁寧に説明させていただきます」(第25話②より)

 

3-DSC01740_th

 10日後にリニューアルオープンを控えたテスト運転の日。初めて「黄金の湯」を湯舟に注ぎこんでみました。妻と一緒に入った「黄金の湯」。この温泉はきっと沢山の人々に喜んでもらえると大いに確信しました。でも何億もの借金を抱えてのスタートは、心のなかでは「俺にできるのだろうか……」という不安感もかま首をもたげる時がありました。今もふっと現状維持に陥りそうな時、不安になる時があるけど、ここまで来られたのは家族がいたから。独り身で銭湯はできません。それだけは大きな声で言いたい。こんなキツイこと、自分だけの立身出世欲だけだったら、きっと面白くもなんともない。自分以外の大切な人がいるから頑張れるのです。

■Read hear!俺の銭湯 第26話①はこちら

「何だか黄色くないか?」
 マユミも気がついたようだ。普段から大きい瞳を更に見開いて、
「今、わたしもそう思ったの」
 俺は確信した。
「この温泉はいい!」(第26話①より)

 

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 昔の清水湯を覚えている方は今、何人ぐらいいらっしゃるでしょう。カランの数は男女ともに30ずつありましたが、満席になることはなかったのです。子供の頃は、いつも貸切でお風呂に入っていた記憶があります。子供ながらに「閑古鳥」が見えていました。
 タイルの上はいつも温かでした。「俺の銭湯」ではオヤジと俺の後継の儀式がありますが、オヤジがよく寝ていたところは、本当は浴室の裏にある釜場の上。岩盤浴なみに熱くて、一緒に寝ることは出来なかったのです(笑)。家族にはこの銭湯を舞台にした悲喜こもごもの沢山の思い出がありました。
「俺の銭湯」でもよく表現していましたが、太陽の光が沢山降りそそぐ素敵な風呂場でした。

■Read here! 俺の銭湯 第27話②はこちら

 目を閉じると思い出すことがある。昔、オヤジがまだ元気だった頃だ。営業前の風呂場。日射しが優しげに射し込んでいた。目に眩く感じる真っ白いタイル。その上にオヤジが大の字で寝ていた。タイルが眩く感じるのは、お客様が少なくて汚れなかったからだ。その時は小学生になりたての冬休みだった気がする。
「おとうさん。何してるの?」 
 怖いもの見たさに恐る恐る聞いてみた。 
「太郎、お前も寝てみろ」(第27話②より)


「俺の銭湯」番外編は今回で終了します。ご愛読いただき、ありがとうございました。