2017/02/28

俺の銭湯

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(上写真)建て替えのために解体される旧清水湯の建物


 2014年4月から始まり、2016年12月に完結した小説「俺の銭湯」。
「俺」こと、僕の視点から描く銭湯を舞台にした小説ですが、400字詰めの原稿用紙で500枚を書き切ることが出来たのは、ひとえに読者である皆様の応援のおかげでした。
「俺の銭湯」は、事実を基に病気がちだったオヤジと、頭は悪いけど元気だけが自慢の「俺」が銭湯を守っていく姿を楽しくもどこか哀愁を滲ませながら、魂を込めて書き上げています。番外編では、「俺の銭湯」で書き切れなかったことも交えながら、写真とともに時系列で思い返してみたいと思います。
 なお、「俺の銭湯」は電子書籍として来年の出版を目指して、現在加筆訂正を重ねています。また、4月からは僕自身が語る「朗読 俺の銭湯」を動画SNSで毎月公開する予定ですので、楽しみにお待ちください。(武蔵小山温泉 清水湯/川越太郎)

 

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 おばあちゃんは本当に怖かった……。おそらく銭湯・清水湯の親分は、おばあちゃんでしょう。創業者の菊太郎の長女に生まれ、お嬢様として育てられながら女学校に通い、銭湯の番台を任され、当時、女中や丁稚、番頭を手足のように使っていたようです。毎日お風呂に入った後、牛乳を飲むのがおばあちゃんの健康法でした。そして、日舞の先生でもあったおばあちゃんは、いつでも身だしなみに気をつかっていました。おじいちゃんを死ぬまで愛し、死ぬまでこの写真のような髪型をしていました。昭和の清水湯を守っていたのはおばあちゃんだったと思います。

■Read here! 俺の銭湯第6話はこちら 

「歌子。清太郎は死んだ」
「これからは、清太郎の思いも受け継いで生きていこう」
 菊太郎は長男の清太郎に銭湯を譲るつもりだった。
「たった一つの救いは、お前たちが生き残ってくれたことだ。お天道様に感謝している。歌子、お前がやる気なら銭湯を切り盛りしてみないか」
 おばあちゃんも父、菊太郎の心はわかっていた。
「はい、お兄ちゃんの分も頑張ります」(第6話より)

 

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 地主との借地買い取り交渉は実に15年以上かかりました。こじれた人間関係は結局、自分で元に戻すしかなかったのです。心身がすり減るような思いをしていた時、海の煌めきが心を慰めてくれました。

■Read here! 俺の銭湯 第16話はこちら

 ふっと煌めく海に心を奪われていた。時間を忘れて見入っていた。富士山の手前には江の島が、藪椿(やぶつばき)、大島桜、蔓荊(はまごう)などの常緑樹木で緑の山のように青空に浮かんでいた。目の前の海は太古の昔から誰にも侵されずに、一定のリズムでキレイなうねりがはいってくる。そのうねりは海底の岩床にあたり、せり上がった波がキレイな巻き波となってめくるように岸辺まで寄せていた。波乗り人が気持ちよさそうに、波面に弧を描くように水しぶきをあげていた。
「海っていいな」(第16話より)

 

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 2007年11月15日が旧清水湯の最終営業日でした。その翌日、解体が始まる日。家族全員で記念撮影をしました。小説「俺の銭湯」では、オヤジを独り占めにしている「俺」しか登場していませんが、実際には弟と妹がいます。
 オヤジはこの写真の頃、すでに人工透析を始めていて、痩せこけています。高齢になるにつれて両極性障害も躁が出なくなっていました。おそらく生命力が衰えてくることも一因なのでしょう。躁鬱は宿業病、そんな気がします。
 古き良き銭湯が好きだった「俺」も、本当ならこのまま古い清水湯で営業していたかったのです。だが、姿形のあるものはいずれ壊れ、無くなってしまうものだから、先手にまわって命脈が生き生きとしているうちに、次の段階に進んだ方がいいと判断したのでした。

■Read here!俺の銭湯 第22話①はこちら

立ち止まって、じっと見ていると、大屋根がやや傾きかけていた。清水湯はすでに朽ち始めているのだった。俺が生まれ育った銭湯がもうすぐなくなってしまうことに、時代の流れとともに一縷の悲しさを感じ、瞳の奥が熱くなった。(第22話①より)

 

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 何よりも煙突が倒されることが、長年愛していた銭湯が無くなる寂しさを増幅させました。
 瓦礫の中に佇む子供たち。好きだったお風呂。好きだった高い煙突。好きだった温かなパステルカラーの子供部屋。なにもかも無くなっちゃったけど……。きっとまたパパが新しくしてくれる。そして、前よりももっと素敵なお風呂にしてくれる。最後の銭湯のシンボル「煙突」が切り倒されたと聞いて、家族で見に来たときの写真です。
 瓦礫の残骸を見ながら何を思うのか。子供たちの心の中に何かが灯って、溢れ、残像として残っていくのかもしれない。ただ一つ、「パパが何かを始める」。そんな躍動の中にいることが、この子たちの心の形成に役立つことを願って。

■Read here!俺の銭湯 第24話①はこちら / 第24話②はこちら

 俺は笑いながら
「そう、だからそろそろお家を新しくしなくちゃいけないの」
「お家こわしちゃうの?」

 紅(くれない)が少し悲しそうな顔をして聞いてきた。
「うん、そうだね。くーちゃん、この家好き?」
 俺が聞くと
「くーたんのお家だもん。お風呂なくしちゃやだ!」(第24話①より)

 

「いままでありがとう」
 俺は小さな声で清水湯に別れを告げた。
「さぁ、行こう。最高の銭湯を作ろう」
「そうね。あなた頼むわね」
 3人で仮の住居に戻っていった。(第24話②より)

 

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 解体中、某世界的アミューズメントパークのマスコットキャラクターを発見! 閑古鳥に占領されたしなびた銭湯に出来ることはなんでもした、2代目稔(みのる)の涙ぐましい健気な痕跡だと思います。ひょっとしたら有名な絵師が嫌々書いてくれたのかと思うと、銭湯業界の凋落はずいぶん前から始まっていたのだと、あらためて痛感します。でも、そのダメでもやるだけやってみるという気概が「天然黒湯温泉」を掘り当てた原因であり、「清水湯」の閑古鳥を払拭できた遠因だったのではないかと推察することができます。

■Read here!俺の銭湯第24話②はこちら

「ああ、大黒柱が倒されていくよ……」
 隣の焼肉・和田さんのビルの屋上にのぼって清水湯の解体工事を見つめていた。マユミが目を潤ませながら言った。
「なんだか悲しいね……」 (第24話②より)


「俺の銭湯」番外編は3回にわけて掲載します。次回は3月中旬を予定しています。