2017/02/15

俺の銭湯

7-子供の頃の清水湯


(上写真)建て替え前、閑古鳥の住処だった頃の清水湯


 2014年4月から始まり、2016年12月に完結した小説「俺の銭湯」。
「俺」こと、僕の視点から描く銭湯を舞台にした小説ですが、400字詰めの原稿用紙で500枚を書き切ることが出来たのは、ひとえに読者である皆様の応援のおかげでした。
「俺の銭湯」は、事実を基に病気がちだったオヤジと、頭は悪いけど元気だけが自慢の「俺」が銭湯を守っていく姿を楽しくもどこか哀愁を滲ませながら、魂を込めて書き上げています。番外編では、「俺の銭湯」で書き切れなかったことも交えながら、写真とともに時系列で思い返してみたいと思います。
 なお、「俺の銭湯」は電子書籍として来年の出版を目指して、現在加筆訂正を重ねています。また、4月からは僕自身が語る「朗読 俺の銭湯」を動画SNSで毎月公開する予定ですので、楽しみにお待ちください。(武蔵小山温泉 清水湯/川越太郎)

 

1-オヤジ高校-DSC00155_th

 若き頃のオヤジ。田園調布高校の野球部時代。4番サード、そしてキャプテン。勉強も優秀。この頃のオヤジは相当モテモテだったらしいです。オヤジの両極性障害が本格的に発症したのは40代以降。俺が三代目になりたての頃、オヤジと一緒に銭湯めぐりをしていた時がありました。その時は症状が安定していたのでしょう。
 その車の中で、「若いころから鬱の自覚はあったんだ」
 車を運転している俺にオヤジが語りだしました。
「でも、野球をしてたから正気を持ちこたえることができた」
 しみじみ語りながら最後に言いました。
「太郎、お前が中学生の頃、運動(水泳)を頑張らせたことは、いつかきっと良かったと思える時がくるぞ」
 銭湯の二代目として生まれて順風満帆に育ってきたのに、病気という宿命に翻弄されたオヤジは息子の俺に「ただ強くなれ」とだけ思っていたのでしょう。
 僕も父親となり、オヤジの後を継いで銭湯のオヤジになって初めて気がつき、そんなオヤジに感謝の思いが湧いてくる毎日です。
 もしまた逢えるならば「勉強はダメだったけど、オヤジのおかげで強くなったぜ」と笑いながら話せるかもしれません。

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 オヤジは家族のために、ただ「負けない」という思いだけで、俺たちを守ってくれていた。だが、そんなオヤジは少しずつ、自分の体の変化に気づき始めていた。俺たちには内緒にしていたらしい。それは、今でいう鬱病である。どんなに努力しても気持ちがふさぎこんでくる。いつも眠そう。気が晴れないのである。(第1話より)

 

2-実喜_th

 番台に座る初代のおじいちゃん。こうやって見るとおじいちゃんもけっこう男前です(笑)。寡黙で、茶色になって穴だらけのグンゼのパンツを後生大事にはいていました。でも、優しかったな。笑顔がオヤジに似ていました。晩年、介護が必要になった時、何度も下の世話したことを思い出します。あの怖いオヤジがものすごく尊敬してた。そして、おばあちゃんも誰よりもおじいちゃんを愛してた。やっぱおじいちゃんも清水湯を一生懸命守っていたんだね。今だから分かる気がするよ。

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 でも、内情はオヤジの給料も出ないし、おじいちゃんのグンゼのパンツは茶色に変色して、ゴムは伸びたきり。パンツをはいたままウンチができそうなくらい大きな穴がいくつもあいていたが、おじいちゃんはそのパンツを後生大事に死ぬまではいていた。(第1話より)

 

3_0954+_th

小学6年生のパスポート写真。「少年の舟」という当時、男のような女性が団長の監獄のような船に乗ってグアム、サイパンに行った時のパスポート写真(その団長はイワキノブコさんといい、後に衆議院議員になった)。まだあどけなさが残る、素直でいい子でした。

 

4_0940_th

「秘蔵写真」(笑)
 その2年後。中学2年の春。
「母さん。あの夏に着ていた自転車のT、シャツどこにいってしまったんでしょう? ええ、あの子供の頃よく着ていた黄色いTシャツですよ」
 どこでまちがえてこんなになってしまったのか、僕もいまだにわからない……。ただどんなに外で悪さをしていても、風呂の掃除はしていました。撮影場所:清水湯の裏の駐車場前

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「気持ちがいいくらい負けたぜ。なんだかスッキリした。上を目指そう!」
 西の空には明日の晴天を約束してくれるような、真っ赤な夕焼けが心に染み入るようだった。(第2話より)

 

5-オヤジと古い清水湯-DSC00165_th

 よくみると何故かエロ本(昔はビニ本と言われていた。一説には立ち読みできないようにビニールで巻いていたためといわれている)の自動販売機が店先にあるのがわかります。そして、その奥には小さい自販機があります。今しがた思い出しましたが、コンドームの自動販売機です。閑古鳥が鳴いてるからって、ついに禁断の箱を置いてしまったオヤジ。貧乏銭湯だけど、でっぷりと腹がでているのが謎。といいつつ、結構エロ本自動販売機にお世話になった僕。この頃の清水湯はかなり風前の灯で、迷宮(ラビリンス)に迷い込んでいたとみられます。
 でも、つくづく思うのは、昔のこの銭湯が今の清水湯に生まれ変われるなんて、誰が想像したことでしょう。
 当時、オヤジはまだまだ血色がいいし、恰幅もいい。だが、両極性障害は徐々に、でも確実に忍び寄り、オヤジを蝕んでいました(第3話より)。

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 俺はオヤジの部屋に行くと、「オヤジ最近調子悪いのか?」と聞いた。「ああ、実は若い頃から兆候はあったんだ。誰にもいってなかったが」
 オヤジは若い頃、野球をしていて、その鍛錬のおかげで今までやってこれたと言った。おじいちゃんもおばあちゃんも知らなかったらしい。
 オフクロにはうっすらと話していたらしかった。「オヤジ。なんだか、わからないけど辛いのか?」「がはは、お前みたいな、バカな能天気にはわからねえよ」と虚勢を張ってみせた。(第3話より)

 

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黒湯の掘削に成功したのは平成6年。この濃い琥珀色の液体が、その後の清水湯の未来を決めたと言っても過言ではないのです。売り上げも倍になり、閑古鳥に支配されていた銭湯は急回復していくのです。ちょうどこの頃、会社勤めをしていた当時25歳の僕が三代目になりました。

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「一つだけ試したいことがある。それがダメだったら店をたたもう」
 俺が「なんだよ。試したいことって?」と聞くと、オヤジが「温泉を掘る」と言い出したのだ。俺たち家族は猛反対した。
「温泉なんか出るわけねーだろ」

(中略)

 それからというもの、清水湯の毎日の銭湯稼業は実に楽しく、実に充実していた。いままで閑古鳥の木霊(こだま)しか聞こえなかった銭湯に、お客様の笑い声が聞こえてきた。(第4話より)


「俺の銭湯」番外編は3回にわけて掲載します。次回の掲載は2月下旬を予定しています。