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【著者】川越太郎/1968年、新潟に生まれ東京で育つ。武蔵小山温泉 清水湯の3代目。 かつては閑古鳥が鳴き潰れかかっていた清水湯を、都内屈指の人気銭湯へと生まれ変わらせた銭湯業界注目の若手銭湯経営者。海と妻と3人の子供たちを心から愛する男。空手3段。


主な登場人物
・太郎(主人公)…清水湯3代目
・マユミ…太郎の妻
・紅(くれない)…太郎の長女
・太介(だいすけ)…太郎の長男
・リカ…太郎の次女
・オヤジ…太郎の父
・オフクロ…太郎の母


 「ふーっ! 今日は凄まじかったなぁ」
心地いい疲労感と達成感。
「本当に感謝しかないよ」
言葉はどこか軽やかだった。

 清水湯の第二幕。2008年5月18日。リニューアルオープンの初日。フロントの壁に掛けてある時計の長針と短針は午前3時を指していた。畳をはめ込んだ長椅子に座りながら、薄暗い明かりの中、手に持った売り上げレシートを見た。
「うげ!」
 声にならない声をあげ、何度もレシートを見直した。それはおそらく創業以来の、過去最高の売上を達成していた。
 オフクロもマユミも嬉々としていた。誰もいなくなった真夜中のフロントで、生ビールサーバーからビールをジョッキに注いで乾杯した。

 喉を鳴らしながら飲むと、
「ぷはーっ! たまらないな!」
「生ビールってこんなに美味しかったかしら」
「やっぱ仕事の後は最高ね!」
 久々に、今日の喜びを言葉にした。

 もう一人、一緒に喜びを分かち合いたかった。だが、そのオヤジは部屋で一人寝ていた。

「今日は日曜日、しかもご祝儀開店記念だから、いいのは当たり前! これからが勝負だ」
 2人は頷いた。喜びはすぐに慎みの顔に変わった。今までも、中普請をして最初はお客様が戻っても、すぐに閑古鳥が戻ってきた。
 浮かれたあとに崖に落とされる。それだけは繰り返さない。俺の代ではその悪しき鉄鎖も断ち切ると決意していた。

 マユミもオフクロも、喜びの中に心を少し引き締めたようだ。
「でも、今日初めてフロントに立って、直にお客様と触れ合うことができたけど、今まで釜焚きの裏方しかしてなかったから新鮮だったよ。それに何人かのお客様に、いいお風呂ができてよかったわねって、喜んでもらえたし」
「わたしも今日は沢山の人から『いい温泉』とか、『いい銭湯ができてよかったわ』って言ってもらえたわ」
「お向かいさんの氷屋のおじさんも、石井のおじいちゃんも、三軒隣りの大久保のおじいちゃんも、古道具屋の松屋のおじさんも来てくれてたよな。本当にありがたいな」
「踊りの先生だったおばあちゃん、そうそう、星さん! 今日は混むから明日行くわって道で会った時言ってたし」
「常連さんが元気で戻ってくれるのは嬉しいよな」
「新しいお客様もたくさんいたわ」
「特に大久保のお爺ちゃんなんか、歯も無いのにわざわざ煎餅買って帰るんだから、何だか申し訳なくなっちゃったよ」

 昔からの常連さんで、ニコニコしながら帰り際にいくつも買っていったが、入浴代以外にお金を使ってくれているのが見え見えだった。

 マユミもこの日は、激励の言葉としての要望も聞いていた。
「お湯がぬるいって言われたし、洗い場が少ないって言われたわよ」
「そうだな、まだボイラーと熱効率のバランスが悪いのかもな。明日、釜屋に言って調整してもらおう」
 生ビールを一口飲んで言った。
「当初思っていたより不具合もあるかもしれないが、次に建て替える時に更にいい銭湯に作り替えるための、準備期間と捉えてもいいのかもな」

 オープンしたその日に、すでに次の新しい銭湯のことを夢想していた。
そして、閑古鳥しかいなかった昔の清水湯を思い出しながら、1つの教訓を心に描いていた。そう、いい気になるのは早計だと思った。
「今までずーっとお客様が入り続けた銭湯を見たことがない。新しくしてもすぐにボロくなるし、人気もなくなる。それは、今までの銭湯はどこか胡坐をかいて、お客様に背を向けて、入れてやっているよ、みたいな慢心的な姿勢がどこかにあったと思う。気がついた時にはお客様の心は既に離れていて、戻ってくることはなかった。それが今の銭湯業界の姿に如実に現れてしまっている。今日リニューアルオープンして、これだけの沢山のお客様に来ていただいて、この喜びや感謝の思いを決して忘れないで、いつまでもブレないで、お客様に喜んでもらえることなら何でもやっていこう、という謙虚な姿勢を貫いて続けていくことが大事だと思う。そして、受け身じゃなく、前のめりで、先手先手で進んでいこうと思うんだ」

 深沈と夜空の月は傾きつつある。俺の長い話にマユミはあくびをしながら頷いた。すでに深夜3時半だ。風呂の仕舞い掃除が終わって一息つくと、毎晩この時間になるだろう。これから朝早くて夜遅い、銭湯時間の中で生きていくことになる。
 子育てと重なった大変な時を過ごすことになるが、今しかできない苦労だと思ってすべてを乗りきろうと思った。

 無事にリニューアルオープンに漕ぎつけることが出来た喜びのせいか、饒舌になっていた。

「そうそう、元気な頃のオヤジは、錦鯉を女湯の庭で飼ったり、うなぎの稚魚を男の脱衣場で飼ったり、毎週日曜日はバスクリンを入れたり、鈴虫を売ったり、挙句の果ては電光掲示板を玄関に吊るしてパチンコ屋みたいにしてみたり、本当にお客様に来てもらうためにいろんなことをしていたのを思い出したよ」

 いい加減、生ビールの酔いもまわり、誰しも眠くなってきたようだ。だが、興奮さめやらぬ俺は独りで喋っていた。

「俺もブログっていうの、始めてみようかな。今はインターネットの世界で自分だけの小さなテレビ局を持つのと同じことが出来るっていうし、正しい清水湯の情報をリアルタイムにお客様に提供できるって素晴らしい事だもんな。昔、交換日記してたから文章には自信あるし」

「誰とよ?」とマユミがツッコんできたところで、「さ、明日も早いから寝ようか」とオフクロが目を瞬(しばたた)かせながら言った。

 五月の風が心地よかった。夜空は晴れわたっていた。澄みきった星々の中に、上弦の月が少し丸みを帯びて浮かんでいた。疲れていたが、心地いい疲労感に覆われていた。脇にプルトップをひいた飲みかけのハイサワーが置かれていた。その星々と鮮やかに輝く月の下で、足摺の音だけが小さく響いていた。

 空手の型、「征遠鎮(せいえんちん)」だった。
 どうしても、このままでは寝つけない。そう思って、人々が寝静まっている月夜の中、屋上に上って、静かに、だがどこまでも力強く、緩急織り混ぜながら、放心するが如く、自由に舞っていた。「銭湯の星の下に生まれてよかった」と心に浮かんでくる随喜と共に。何の取り柄もなかった俺。まずは、沖に出ることができた喜びに、今日一日は浸りたいと思った。きっと明日からは本当の現実が待っていることだろう。大海という厳しい現実の中、銭湯という小舟を船長という立場で導いていかなくてはならない。そしていつか新しい船長にしっかりと引き渡さなければならない。

 まだ覚えたてだから、途中からいい加減になってきた。夜空の月に目礼して、傍の手すりの切れ目の台座の縁に座った。

 もう一度夜空を仰ぐと、無数の星々と凹凸までもがよく見える十三夜の月。何だか月の光に照らされながらも、見守ってもらっているような気がした。そして、清風明月のなか自然と声が出た。
「ありがとうございます」
 残りのハイサワーを一息で飲み切ると、レモンの風味が鼻から抜けるのを感じながら階下に降りて行った。

 清水湯の第二幕は、それ以前の清水湯とはまったく別のものになっていた。
 おじいちゃん、オヤジが連綿と続けていた釜仕事。毎日、汗と木屑とホコリまみれになりながら、ドロドロになって必死に釜の炎を守り続けていた。その厳しい肉体労働の釜仕事が無くなってしまった代わりに、接客、保守、清掃などに相当な時間を費やすことになった。それまでのまったりとした銭湯独特の時間の流れもなくなってしまった。
 番台で一人で対応できていた銭湯もどこかに行ってしまった。スタッフがいないと回らない銭湯になった。今までしたことのない集客プロモーションもやらないといけない。インターネットが浸透した昨今、馴れないパソコン業務も少しずつだが出来るようになってきた。それら今までにない仕事も増える中、やっと日常の銭湯の仕事にも慣れてきた頃。

 明かり取りの小窓が一つだけあるオヤジの部屋。でも、居間から出入りできる部屋は、年中開けっ放しにしていた。
 無垢のフローリングに据えたベッドに、昔も今も変わらぬ光景のように横たわっていたオヤジ。「風呂に一緒にはいろうか」
 近くにいたオフクロも「たまにはお風呂入りなさいよ、あなた」と促してくれた。オヤジは渋々起き上がった。

 階下に降りると、脱衣場から見える浴場に差しこむ光が、玉子型の鏡や磨きこまれたカランに反射して、灰色の陶磁タイルを照らしていた。

 開店前の仕込のひと時。

 寝間着を脱ぐと、痩せ衰えた腕にシャントが痛々しく浮いていた。筋肉という筋肉は削げ落ち、皮がところどころ垂れている。臀部も小さく、細くなった大腿部が枯れ木のように二本伸びていた。
「オヤジまたやせたな……」
 痩せ衰えようが、病気になろうが、まして死が近づいていようとも気にするそぶりもない。すべてを受けきっているようで、俺には真似できない、飄々として超然とした姿にも見えた。

 俺も裸になって、一緒にかけ湯をした。
「ゆっくり座れよ」
 ふらつくオヤジの腕をつかみながら言った。介護用の座面の高い椅子に座らせ、さらにたっぷりのかけ湯を背中からかけた。

 背中からゆらゆらと湯気が立ち昇る。皮脂が溶けるような匂いがたちこめた。普段、風呂に入らないからだろう。
「オヤジ頭洗うから目つぶってろよ」
 頭にもかけ湯をして、たっぷりのシャンプーを垂らした。泡立ちが悪くて、更にシャンプーを垂らした。

 少し大きな声でもう一度言った。
「オヤジ! 目ー! 沁みるからちゃんとつぶってろよ」
 前頭部が少し薄くなった頭皮を、入念に指の腹でこするように洗った。

「よし、流すぞ」
 オヤジは目を瞑ったまま、何も言わずにただ座っている。

 ナイロンタオルにボディーソープを泡立たせて、小さくなった背中をごしごしと入念に磨きこんでいく。首元、耳の裏、肩、背中、腕、足、指の間、とくに関節の裏は入念に洗ってやった。さて、どうしようかと一瞬思いに耽ったのと同時に、オヤジが両足を開き気味にした。
 俺は舌打ちして、
「オヤジ、チンコぐらい自分で洗え」
 相変わらず、腰屋根からは燦々と光が降りそそいでいた。

 建て替えてから自家風呂が出来た。それでも普段、風呂に入ることはなかった。そろそろデイサービスかな、とオフクロと話していた。

 全身にお湯をかけて、
「さ、オヤジ、湯舟に入ろうか」
 ゆっくり立ち上がったオヤジは、湯舟の縁までの足どりもおぼつかなくなっていた。
腕を支えながらゆっくり歩いた。

 昔からオヤジはどんなに熱くてものぼせることはなかった。ただ、今の清水湯は昔の熱湯風呂ではなくなっている。常に適温だ。変らないのは、湯舟に肩までしっかり入って瞑想するが如く、目をつぶり、禅を組むようにじっとしながら湯につかっている姿だった。

 昔からこの姿は変らない。痩せこけたオヤジが一瞬、昔の頑健そうな、ふくよかだった頃の顔に重なって見えた。

 様子を見に来たオフクロが言った。
「お父さん、よかったわね。太郎にお風呂に入れてもらえて」
 オヤジはただ目を瞑ってじっとしている。
「お父さんも、あんたをお風呂に入れるのが好きだったのよ」
「え、マジで」
 軽いジャブを受けた気がした。なんだかそんな気もする。
「あんたが赤ちゃんの頃は、ほとんどお父さんが入れてたのよ」
 遠い思い出が少しずつ蘇ってくるようだった。
「だから風呂好きなんだ」と一人ごちた。

 リニューアルオープンから3年後の、3月の昼下がり。
 時間の軸を戻せるのなら戻したいほどの大きな地震があった。余震が続く中、悲惨なテレビ映像が映し出されていた。それを見ていた小学生になっていた太介が、大事にしていた貯金箱を目の前に持ってきて、「これ寄付する」と言った。「お前は~!」と言いながら頭をごしごし撫でまわし、「本当にいい奴だな!」と、いい子いい子した。

 その純真な心に打たれるように立ち上がって、「よし! 郵便局に行こう! パパも寄付する!」。太介の貯金箱はそっと元の場所に戻し、郵便局に駆け付けた。その大地震のあった2011年。

 オヤジはめっきり弱くなってしまった。地震の影響とは思えなかったが、もともと持っていた寿命というものだったのか、残された時間は短かいように見えた。

 東京はいつまでも余震が続いていた。時おり揺れる中、オヤジはどこか違う世界にいるのか、瞳に映る光には、何も映って無いように見えた。最近では咳き込むことが多く、呼吸音が「ヒューヒュー」と聞こえて苦しそうにしていた。

 ヘビースモーカーだけはいつまでも治らなかった。ついに長年の喫煙が原因で、オヤジは肺ガンに罹ってしまった。気がついた時は末期だった。オヤジの人生は病気との闘いでもあった。いや、闘いというよりは、すべてを受けきっている姿に見えた。そして、俺だけにしか見えなかったのかもしれないが、どこか死に急いでいるようにも見えた。何故か自分だけが背負ってしまった宿業の波。若い頃は優秀で、大道を歩んでいたオヤジは、ある意味、天国と地獄を味わってきた。そのオヤジが超然として見えたのは、病気であろうと生粋の誇り高さからだろう。
「病気でもお前には負けていない」
 病躯の痩身でも、そんな気高さが燦然としていた。

 74歳。本来ならだまだ矍鑠(かくしゃく)としている年齢だ。その気なら、もう一仕事できる年齢だが、旗の台の昭和医大の個室病棟に入院することになった。オフクロが医者に呼ばれた。

「ご主人は、ステージ4の肺ガンです。すでに脳にも転移しています」
 オフクロは動揺することなく、予期していたかのように聞いていた。
「余命は3ヵ月ほどでしょう」
「ああ、そうなんですか」
 そんな風に返事をした。そして、そのことだけを聞いて帰ってきた。

 俺たちの前で、オフクロは顔色ひとつ変えずに言った。読書家のオフクロはこんな時、持って回ったような言い方をする。
「お父さんはあと幾ばくも生きられないって」

 それを聞いたマユミの瞳から、堪えきれないように涙が溢れてきた。
「お父さん、かわいそう!」
 嫁いできてから、オフクロの代わりに食事を作ることもあった。腎臓療法食なども勉強し、減塩のカリウム抜きの食事を実践していたから、思い入れも強かった。
「でも、モルヒネが効いてるのか、脳に転移したガンが痛みを和らげているのか、痛みはあまりないみたい。だけど息苦しいのは見ていてかわいそう」
 そう、息苦しいのが一番苦しいのだと俺も思った。オヤジがもうすぐ死ぬ。

 強さの象徴だったオヤジ。腕相撲は一度も勝てなかった。

 中学の時、スイミングクラブの選手クラスだった頃、いやがる俺を毎日朝練に連れていってくれた。自分は病気でも俺を鍛えてくれた。今となってわかる。「心を鍛えろ」「体を鍛えろ」「勉強などどうでもいい」「俺みたいになるな」、そんな思いで俺を鍛えてくれたんだと。だから、オヤジが病気でも健康でも同じなのだ。オヤジはオヤジだ。

 夜空に浮かぶ月が日ごとに欠けていくように、医者の告知から3ヵ月も待たずに、オヤジは逝ってしまった。


(「俺の銭湯」は、毎月第1金曜日と第3金曜日に更新します)