2016/11/18

俺の銭湯

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【著者】川越太郎/1968年、新潟に生まれ東京で育つ。武蔵小山温泉 清水湯の3代目。 かつては閑古鳥が鳴き潰れかかっていた清水湯を、都内屈指の人気銭湯へと生まれ変わらせた銭湯業界注目の若手銭湯経営者。海と妻と3人の子供たちを心から愛する男。空手3段。


主な登場人物
・太郎(主人公)…清水湯3代目
・マユミ…太郎の妻
・紅(くれない)…太郎の長女
・太介(だいすけ)…太郎の長男
・リカ…太郎の次女
・オヤジ…太郎の父
・オフクロ…太郎の母
・宝田…清水湯の建て替えを担当する設計士
・吉田…建て替え工事の現場監督
・山師…温泉掘削業者
・最藤…連合町内会の副会長


 空を見上げながら「いい天気だ」と、一言呟いた。青空が広がっている。完成した清水湯の空に夏初月が浮かんでいた。晴れてほしい日に晴れてもらえる。天気に味方されることほど、何か人生のリズムに乗っているという実感を強くすることはないだろう。

 一週間後にリニューアルオープンを控えた風薫る青空の下。新しい清水湯で完成祝いを執り行った。

 真っ新な壁紙、傷一つない床、まだピカピカに光ったシャワーにカラン。南窓から沢山の日射しを浴びていた。そこには浴場関係者、建築関係者、信金の担当者、近隣の方々、そして友人が顔を揃えていた。目の前に重そうに巨体を運んできた男がいた。
「おめでとう! 太郎くん」
 紋付き袴で来たのは、元・陸上自衛隊の空挺団の大助さんだった。
「あとで征遠鎮(せいえんちん)やるから」
 征遠鎮は空手の型のひとつで、かの大山倍達氏の得意の型と言われている。あの月夜の晩(第9話①参照→http://www.1010.or.jp/mag-orenosento-9/)から俺たちは意気投合して、名門空手の王道流佐藤塾の門を叩いていた。そして、この時までに有段者となっていて、品川支部の支部長と、副支部長の役職についていた。司会に伝えると、坪庭が奥に見える壇上近くにスペースを作ってくれた。立食が始まって各々が歓談している中、よく通る声が吠えた。

「押忍! 本日はお日柄もよく、同志太郎君の新たなる前途と銭湯清水湯の益々の御発展の為に、僭越ですが、行く道どこまでも王道を突き進んで繁栄していくといわれている空手の型を舞わせていただき、僕なりに祝賀の思いをあらわしたいと思います。清水湯の前途を祝して押忍! 征遠鎮!!」

 皺ぶきひとつない空間に袴の擦れる音しか聞こえない。動から静へ。そして静から動へ。緩急取り混ぜた動きの中に、堂々たる強さと不思議だが優しさを感じる素晴らしい型を舞ってくれた。

「セイヤッ!!!」

 最後に気合いをいれると満場から大拍手が起こった。汗だくになって一礼して下がっていく大助さんに、いつまでも拍手が鳴りやまなかった。

 その後、立食パーティーが一段落すると、それぞれ壇上でスピーチをした。誰もが感無量の面持ちだった。俺の番になり、皆の前に立った。ひとつ咳払いをして、皆の方へ視線をあげた。ちょうど目の前に宝田の部下の福田がいるのが目に入った。
 福田には何度も設計図を書き換えさせた。俺に怒られて逆切れしたこともあったが、歳も近いということで話が合った。「こいつにもお世話になったな」と様々な出来事が脳裏によみがえってきた。

「この度は、お忙しい中、貴重なお時間をいただき真にありがとうございます。今日の晴天の空が清水湯の前途を祝しているようです。また先ほどの素晴らしい空手の舞、そして沢山の心温まるスピーチを真にありがとうございます」

 視線を移すと、現場監督の吉田が作業着からスーツに着替えてニコニコしながら見ている。建築中は素人目にもおかしい箇所は沢山出てくる。その1つ1つを指摘しながら、時には納得し、時には喧嘩しながらここまで来た。思えば熱い一年をこの吉田と過ごしたものだ。そう心に思いながらスピーチを続けた。

「設計の宝田さま。福田さま。月光建設の吉田さま。釜屋の山崎さま。設備の増田さま。サウナ岩盤浴の古田さま。電気の市田さま。また近隣の町内会長さま。そして多くの清水湯の常連さま。一時大変な時期もありましたが、皆が力を合わせ乗り越えることが出来ました」

 福田が目の淵に涙を一杯に溜めて、俺を見ていた。もらい泣きしてはまずいと思いながら、福田を視界の外に追いやって、丹田に力を入れて続けた。あと一言だからだ。

「最高の銭湯を築いていただき、本当にありがとうございました! 一週間後から本格的に銭湯開始です。今日より心機一転、心を入れ替えて新たな決意とともに頑張ってまいります! これからも末永くご指導の程よろしくお願い申し上げます。本日は大変にありがとうございました!」

 簡潔だが、万感を込めて御礼の挨拶とさせてもらった。

 一週間後、ついに清水湯の第2幕が始まる。俺にとっては新しい舞台といってもいい。お客様は来てくれるのだろうか……。一抹の不安は笑顔で誤魔化すしかなかった。

 その夜、久しぶりにオヤジ、オフクロ、そして俺たち家族で飯を食った。隣りの焼肉和田で網に肉をならべている時、目の前にいる痩せたオヤジが少し気になった。

 オフクロにむかって「オヤジ痩せたな」とオヤジを見ながら言うと、「そうね、そこそこ食欲はあるんだけどね」。さして心配するでもなく肉を口に運んでいる。

 細い腕にシャントが浮き出ていた。沈下した黒ずんだ肌は、どこから見ても生気を感じない。昔の筋骨隆々だった頃の面影は今はどこにもない。透析やつれした顔だが、よく見ると優しげな目だけが微笑んでいるように見える。痩せ衰えてもどこか安堵感が漂っている気がした。それはきっと俺がいるからなのだろうと、焼けたハラミを食べながら勝手に思った。

 銭湯業界では後継者がいない銭湯の跡目問題は深刻だ。家業を継いでも飯も食えないのでは廃業にするしかないだろう。各家庭に自家風呂がある昨今、連綿と続いている銭湯の灯の明るさは、日増しに銭湯の存在価値とともに陰っていった。
 そんな中、自分の息子が銭湯を継ぐということがどういう意味をもっているかだけは、オヤジの深層意識のなかに混沌と内在しているといえた。自分の職業を息子が継ぐ。それが、病躯の中でも一筋の安心感を醸し出しているのかもしれない。
 そして、もし俺の子供が銭湯を継ぎたいと言えば、きっと満面の笑みをこぼすことになるだろう。
 だが、きっと俺はこう言う。「風呂屋なんか継がなくてもいい。自分のしたいことをやれ」と。オヤジが俺に言ったように俺もきっと子供たちに同じことを言うだろう。それでも「やるんだ」という言葉を聞けた時、それはそれで銭湯冥利なのかもしれない。

 長患いが病躯としてあらわれていても、何ものにも侵されないどこか泰然とした強さを兼ね備えたオヤジを見るともなく見ていると、やはりオヤジの強さを再認識した気がしてきた。

 そう隠そうにも隠せないことがあった。それは俺がオヤジを尊敬していることだ。

「いよいよ、清水湯の第二幕が始まるけど、千葉の仮住まいはいつ引き払う?」
 オヤジは聞いてる風でもない。信じられないが、清水湯を建て替えたこともあまり認識していないのだろう。人工透析患者であり、それ以前から双極性障害だったオヤジは、いよいよ老人性痴ほう症も進んでいるようだった。
「お父さんの猫の具合が悪いから、もう少しいるわ。あんた達の銭湯なんだから、全部任すから頑張りなさい」
 今までどこか、2代目のオヤジの銭湯という名残りの中で頑張っていたが、これからは自分の責任の中で全てを背負わなくてはいけない。そんな責任を感じた。

「そうか、俺たちの時代になるんだもんな。頑張らなくちゃな」
 こういう何気ない会話の中から、自然と跡目を譲られていくものなのかもしれない。一子相伝のような儀式はそこにはどこにもなかった。残るべきものは残り、去る者は去る。
 銭湯も自然の流れの中で残り、受け継がれ続けていくだけなのかもしれない。何気なく受け取ったバトンかも知れないが、それはとてつもなく重い。一瞬で自覚するか、時間をかけて自覚するかは自由だが、重責は容赦なく襲いかかってくるだろう。そして受け取った銭湯のバトンは、確実に次代に渡していく。
 それは義務や権利ではなく、自分は「捨石」となっても引き継いでいく、捨て身の覚悟なのかもしれない。

「夏前には戻ってくるから。夜の掃除ぐらいは手伝うから安心しなさい」
 まだまだオフクロは銭湯の仕事に愛着がある。だが、この1年半の千葉の東金の生活は、仮の家の前に広がる畑での家庭菜園のほうが楽しくなっているようだ。

 長い間、オヤジの病気と人気の無い銭湯の灯を守ってきたオフクロも、そろそろ自分の好きな事だけをして余生を過ごしていけばいいと思った。

 子供たちはそろそろ食事に飽きてきて、遊びだしている。焼肉和田の座敷は子供たちには丁度いい空間なのだ。

「お前たち、あまり騒いじゃだめだぞ」
 残りのハラミを焼き網の上にひろげながら言った。

 背中に抱きつきながら太介が聞いてきた。
「パパ、もうすぐ大きなお風呂はいれる?」
 温かい子供の体温を背中に感じながら言った。
「うん、また大きな黒いお風呂にゆったりはいれるよ」

 紅も太介を押しのけて抱きついてきた。

「わー! やったー!」
「わーい、わーい」
「わー」
 リカも一緒にお姉ちゃんとお兄ちゃんの真似をして声に出して喜んでいる。
「大きいおふろ! 大きいおふろ! 大きいおふろ! うれしいな! うれしいな! 大きいおふろ! パパのおふろ!」リズムをつけて歌いだした。
 そして紅も太介もリカもそのリズムに同調するように、汽車ぽっぽするように踊りだした。

「よかったね。大きなお風呂にはいれて、パパがんばったもんね」
 それを聞いていた和田のおばさんも笑っていた。座敷での子供たちの振る舞いを許してくれているようだ。

「和田さん、すみません! お前らも恥ずかしいから、もう歌うな~」
 なにか特別な時があると来る「焼肉和田」。マユミも苦笑いしながら謝った。
「もう、だめよ、あばれちゃ」
 これから始まる新しい清水湯の歴史。なにかある度に和田さんに焼肉を食べに来るのかもしれない。いつまでも喜びを隠そうとしない3人の子供たちは、パパを誇りに思う輝きが瞳に宿っているように見えた。

 その夜、新しい新居の中。いままで朽ちかけの木造の家に住んでいたせいか、綺麗に貼られた真っ白い壁紙と無垢のフローリングが、シーリングライトの下、まだ目に眩しく感じた。どこか他人の家にいるようだった。今はこの建物に、昔ながらの銭湯のシンボルの煙突も無い。大きな鉄の塊の平釜も無くなっている。

 2年前、清水湯の解体工事の前の日。銭湯の心臓部ともいえる火袋の中でお神酒(御酒)を捧げた。橙色に染まった夕日が丁度、釜の鉄蓋に淡く差し込んでいた。
 カベは相変わらず真っ黒に煤けていた。同じように踏み固められた床は木屑と灰とこぼれた重油で黒光りしていた。春夏秋冬、連綿と銭湯の魂に火を点す営みを3代に渡って続けてきた。オヤジもここで苦しさも喜びも一緒に燃やしていたんだと思う。
 一振り、二振り御酒を捧げると、そのまま一升瓶を平釜の真ん前に供えた。

「新しい清水湯もお守りください」
 声に出さず心で念じた。

 そんな銭湯の象徴ともいえる、あの懐かしい大きな釜も無くなっていた。だが、それでいいのだ。時代の流れもあるが、銭湯の灯を守り、どんな無様な姿になろうが細々とでも続けていくことが、今、残っている者の役割であり、使命とも言えるだろう。単調な繰り返しかも知れないが、湯を沸かし続けること、それが銭湯の使命なのだ。

 形あるものはいつか壊れる。新しいものはいつか古くなる。だが、魂だけはいつまでも、清廉とした澄んだ大河のように滔々と流れ続けていくだろう。

 そこに全てがある。そこに人々の心もカラダも温め、その温もりが心の隙間の陰りや寂しさを優しげな太陽の光のように、そして大河が大地を潤し草木を茂らすように、心の栄養となって、万遍なく心のひだにまで届くようになるのだ。

 階段を降りて行った。フロント前のロビーも脱衣場も、昼間のレセプションパーティー(完成祝い式典)の喧騒は嘘のように深閑として、設置したばかりの自動販売機の明かりだけが光っていた。
 本番の時のイメージを繰り返し想像しながら、新築の匂いがまだ強くたちこめている各フロアを丹念に見ながら、段差などの不具合などを入念に見て回った。タイルが滑りやすい気がしたので、タイル屋にスリットを入れさせることに決めた。きっと本番で気が付くことも多々あるだろう。だが臨機応変に対応するしかない。建物の周辺を歩き、浴槽を覗き、ボイラーに着火して、ポンプを作動し、浴槽に温泉が注がれるところまで、一通りシミュレーションをしてから部屋に戻った。

 やることは沢山ある。そして1週間後からはまた怒涛の生活が始まるだろう。心地いい緊張感の中、新しいテーブルを囲んで、マユミと一緒に故郷の芋焼酎「小鹿」を氷で割って飲みはじめた。

「今日はいいレセプションパーティーだったな」
 傾けたグラスの氷が心地いい音を奏でた。
「そうね。大助さんの空手の何とかという舞もすごかったわね。あれで、ぐっと重みが増した感じだったわ」
「そうだな。それはそうと、あと一週間でついに始まるな。この1年半大変な時もあったけど、なんだかんだお前がついていてくれたから乗り越えることが出来たと思う」
 マユミは、ぱっと嬉しそうな顔になった。

 考えてみたら、マユミの両親に子供が出来たからと、結婚の了解をもらいに行ったときは本当に緊張した。鹿児島の町の名士だったお義父さん。その肩越しに見える黒漆塗の薙刀でいつ薙ぎ払われるかわからなかった。その時はまだ先の見えない名も無い借地銭湯の子倅だった。思いの外、「君に期待するよ」という優しい語り口調に奮起した。病気のオヤジの代わりに頑張るしかない、ただ、その思いだけでひたすら銭湯の基盤強化に努めてきた。運よく地主から借地を売ってもらえたところから、劇的に道が開けてきた。

「お前の親父さんにも少しは安心してもらえるかな」
 マユミは笑いながら言った。
「昨日電話したら、お母さんもお父さんも太郎くんに宜しくって言ってたわよ。『まこちーよくがんばった』って鹿児島弁でね、あと落ち着いたら温泉に入りに来たいって」
 鹿児島に行く時、オヤジの先物取引の損失があとを引いていた。金は無い。あるのは焦げ付きそうな借地権のみだった。
 マユミの両親に心配をかける訳にもいかない。
「マユミを幸せにします! そしてお腹の中の子供を幸せにします!」と鹿児島のシラス台地の一隅で吠えた。

 その時は、ほぼハッタリだったが、言ったからには絶対に結果を出そうと決意した。いつも脳裏にあるのは、子供たちから頑張ってるねと思われる父親像だった。それはオヤジが病気で苦しむ姿を見ていたからだ。

 オヤジみたいにはならない。病気になるくらいなら死んでやる。そう思って気合いだけで生きていた。

「そうかぁ、はやく黄金の湯と黒湯に入ってもらいたいな」
 遠く、青空と緑野と豊かな土地の鹿児島を瞼の奥に描いていた。
「わたしも親孝行ができた気がしてうれしいわ」
 マユミには姉がいる。旦那と一人息子と福岡に住んでいる。だから、鹿児島にはお義父さんとお義母さんの二人きりだ。最近ではお義母さんは膝の関節痛で、日課にしていた散歩もままならなくなっていた。

 すぐに駆けつけられる距離ではない。親孝行したくても出来ない焦燥感を感じることもあるだろう。だが、自分たちが幸せに何かしらの目標に向かって進むことができれば、それはすなわち親への孝行にも通じるかもしれない。

「お義父さんとお義母さんが来たら、一緒にお風呂入って背中でも流してあげなよ」
 マユミは笑って、
「お父さんとは中学生ぐらいまで、一緒にお風呂入ってたわ」
 俺も銭湯での思い出は数えきれないほどあるが、3人の子供たちとはいつまでも一緒にお風呂に入りたいと思った。

 心地よい疲れの中、じわっと焼酎がまわってきた。そしてしみじみと言った。
「約束を守れてよかったよ」
 マユミは微笑んだ。

 ひとつの結末があらゆるところに喜びの波及をもたらしていた。これが途中で逃げ出していたらきっと何も始まらなかったし、いい意味での波も風も起こらなかっただろう。

 2008年5月18日大安。あと3日もすれば満月になりそうな月齢の日。夜半から降り続いていた粉糠雨も、夜明けの昇りゆく太陽に照らされて、一瞬鮮やかな大虹が出たらしい。

 打ち水をした後のように、玄関の御影石に残った水滴に太陽がキラキラと反射していた。もうその頃には、ぽつぽつと清水湯の門前に人影が集まり出していた。五月晴れの記念すべき清水湯の第二幕。今か今かと開店の時間を待つ人々が行列を作り出していた。

「パパー、なんだかお外に沢山の人が並んでるよー!」
「わーほんとだー、みんなお風呂に入りにきたのかなー!」
 紅と太介がどこか興奮してリビングを走り回りながら大声を出していた。

 それを見たリカが「みたいみたい」とマユミにせがんでいた。俺も、そーっと3階の窓から覗いてみた。
「うわ! すごい人! やばい! わー!」
 それにつられて、紅も太介もリカも、大声で、
「わー!」
「わー!」
「わー!」
 俺も3人の子供たちと一緒に走り出していた。

 太陽が中天に昇った。いよいよ清水湯の開店時間になった。店内にはお祝いの花篭が並べられていた。入りきれない花篭は玄関脇に並んでいる。一層華やいで見えた。

 玄関扉を開ける前に、正面に立ち並ぶ人々の顔が目に飛びこんできた。常連さんの嬉しそうな顔が見える。知らない人の顔もある、でも、どれもお風呂に入る前から上気した顔をしていた。カギを回してゆっくりと玄関を開けて言った。

「こんにちはー! いらっしゃいませ!」

 ここから俺の銭湯の歴史が始まる。


(「俺の銭湯」は、毎月第1金曜日と第3金曜日に更新します)