ラベンダーアップ


「1010」誌では、かつてさまざまな入浴実験を行っていました。この連載では、過去の掲載記事をダイジェストでお届けしています。


ラベンダーは江戸時代末期に注目されていた

 10月10日は「銭湯の日」。おなじみのラベンダー湯が東京都内の公衆浴場で行われます。第1回目のラベンダー湯が行われたのは平成7年10月10日でしたから、もう20年にもなります。この間ずっと、北海道中富良野でその年に収穫された無農薬栽培のラベンダーを使っていることから、銭湯の日のシンボルとして知られるようになりました。

 ラベンダー湯は、銭湯でいろいろ行われている薬湯、あるいはハーブ湯の一種です。ラベンダーはシソ科の植物で地中海原産。ヨーロッパでは伝統的に精油が医療に利用されていたため、西洋医学が日本に伝わると、日本の医師や学者は西洋の薬用植物や精油に興味を持ち、情報を集めて医療に利用しました。ラベンダーは文政期の薬物書に「ラーヘンデル」とか「ラーヘンデル油」の名で説明されています。そして、翻訳作業を通して、蘭方薬(西洋薬)に使う生きた植物を輸入しようという機運が高まったとされています。

 ラベンダーの花と精油が輸入されたのは1819年と記録されています。幕末期には一部ですが、精油が輸入され、栽培も行われていたと考えられています。その後、昭和期にかけて北海道の富良野地方を中心に栽培されたのは皆さんご存知の通りです。

香りに効果の秘密があるラベンダー

 ところでラベンダーは、古くから多くの病気に対する万能薬として利用されてきました。特に不安、不眠、うつ、鎮痛、胃のむかつき、脱毛、防虫・殺菌などに効果があるとされています。ラベンダーから抽出された香り成分の精油も薬用とされ、第一次世界大戦時には病院でも使用されていました。

 ラベンダーの薬効に関する医学的な研究はいろいろ行われていますが、医薬品と同様に公認されている効果はそう多くはありません。アメリカでの予備的な研究結果では、タイム、ローズマリー、シダーウッドなどの精油と組み合わせて使用することにより、円形脱毛症に効果がある可能性が示されています。また、いくつかの研究が、6~10週間ラベンダー油を飲用することで、不安や不眠を改善することを示唆しています。

 ラベンダーの香り成分は、酢酸リナリル、リナロール、ゲラニオール、リモネンなどで、これらが抗菌、鎮痛、リラックス、睡眠改善に効果があると考えられているのですが、成分自体というより、あの独特の香りが私たちの精神・神経領域によい効果を及ぼしている、と考えるべきかもしれません。だからこそ、お風呂に浸けて、立ち上る香りを吸い込みながら、ゆっくりと体を温めることで相乗効果が現れるのではないでしょうか。

 そこで、ラベンダー湯に入浴することに絞って、その効果を調べた実験があるのでご紹介しましょう(『1010』第52号・平成13年10月10日発行)。

 この実験を行ったのは北海道大学大学院教授(当時)の森谷潔先生。高齢男性と20代青年男性の2グループ(各8名)を対象に、さら湯とラベンダー湯で足浴をしてもらい、それぞれに効果の違いがあるかどうかを見たものです。

 この実験では、午後4時〜6時に、41℃のラベンダー精油入りのお湯に15分間足浴した日と、精油を入れない同温度のさら湯で15分間足浴した日を比べました。比較項目は、
①専門的な方法による心理テスト(MCL-S1)で調べた、リラックス感、快感情、不安感などの気分
②15分間の足浴前・中・後に測定した右足小指の皮膚温
③臨床現場で使われているOSA睡眠調査票によって評価した睡眠感
の3つ。

高齢者のほうに伝わりやすいラベンダーの香り効果

 高齢男性群の①の気分変化は下の図1に示しましたが、15分間のさら湯足浴時には気分の変化は認められなかったのに対して、ラベンダー湯足浴終了時にはリラックス感と快感情が有意に上昇しています。一方、青年男性群では、いずれもさら湯、ラベンダー湯によって変化は認められませんでした。

 

■図1 高齢者の足浴前後における気分の変化(MSCL-S1による評価)

図1

 右足小指の皮膚温は、足浴中40℃近くまで上昇し、浴後徐々に低下します。図2に示した通り、高齢男性群でラベンダー湯足浴後、30分間の低下速度がさら湯より遅いという結果が出ました。

 

図2 高齢者の足浴中と回復30分間の右足小指の皮膚温の変化

図2

 さら湯とラベンダー湯足浴実験を行った2日間の、就寝前と翌朝の起床直後に書いてもらったOSA睡眠調査票の結果は、図3に示した通り、高齢男性群のほうが「眠気」「気がかり」「統合的睡眠」の3項目で、ラベンダー湯がさら湯に比べて有意な高い得点を獲得しました。つまり、快適な睡眠がラベンダー湯足浴によって得られたということです。

 

図3 さら湯の足浴夜とラベンダー湯の足浴夜における高齢者と青年の睡眠感得点の比較(OSA睡眠調査票によった)

図3

 一方、青年男性群のOSA調査票では、各項目ともラベンダー湯足浴とさら湯足浴に有意性は認められませんでした。ただ、眠気についてはラベンダー湯足浴した夜のほうが、さら湯足浴した夜よりよい傾向を示しており、青年男性でもラベンダー湯足浴の効果が少しは認められた、としています。

 これらのことから、
①高齢者では、さら湯足浴に比べてラベンダー足浴によってリラックス感と快感情が高まり、足浴後の末梢皮膚温が冷めにくく、その夜の睡眠感もよかった。
②青年男性では、さら湯足浴に比べてラベンダー湯足浴による気分の変化と末梢皮膚温の低下に差はなく、その夜の睡眠感にも差異が認められなかった。
ということが分かりました。つまり森谷先生の実験では、ラベンダー湯による睡眠改善効果が、青年より高齢者で現れやすいという結果が得られたということです。

ラベンダー湯未体験の人は、とりあえず銭湯へ

 この実験は、2日間の生活が変わらないよう統制された環境下で行われましたが、被験者の数には限界があったため、結論が一般性を持つにはなお研究を重ねる必要があると言えます。ただ、ラベンダーの香りが「鰯の頭」(※)ではないことは十分に示唆されています。
 また、この実験の被験者は男性ばかりですが、どちらかというと日常的に香りを豊かに取り入れている女性ならばどういう結果が出たか、ということについても興味が湧いてきます。男女間の比較実験も待たれるところです。

 健康な生活に快適な睡眠は欠かせません。しかし最近では、4〜5人に1人が睡眠障害に悩んでいると言われます。町には睡眠を専門に扱うクリニックも急増しています。特に中年期以降の睡眠障害者は増えていて、「夜中に目が覚めて、なかなかその後寝付けない」とか、「朝の目覚めがすっきりしない」などの睡眠不調を訴える人が多くなりました。この傾向は若い人にも広がっていて、睡眠状態に不満を持つ人がなんと1割以上もいると報告されています。
 このような睡眠不調者に対する、睡眠薬ではない手軽な改善法として、香りの効果が注目されています。とりわけラベンダーは安眠の香りとして一番期待が集まっています。
 睡眠に悩みのある方は、ぜひ銭湯のラベンダー湯を試してみませんか。

(※)「鰯の頭」:値打ちがなく、つまらないこと。ことわざ「鰯の頭も信心から」より

(「銭湯で元気!」は毎月第2金曜日に更新します)