「1010」誌では、かつてさまざまな入浴実験を行っていました。この連載では過去の掲載記事をダイジェストでお届けしています。


舞台は札幌の銭湯から大学病院に移った

 大きいお風呂に入ると、なぜ気持ちがいいのだろう? なぜフゥーっと息を吐き出してリラックスしてしまうのか? そんな精神的・生理的感覚を医学的に解明できないだろうか、という問題意識で行われたのが21年前の実験でした。東京都浴場組合が北海道大学の温泉医学研究所・阿岸祐幸教授(当時)に依頼し、札幌の銭湯を借りて行ったもので、その実験結果は学会にも報告されました。

 小さな浴槽に入浴するよりも、大きな浴槽に入浴するほうが、リラックスしていい脳波がたくさん出る、自律神経のバランスも変わり、より深いリラックスへ誘導する、といった「気持ちのいい」理由が科学的に裏付けられる画期的な実験でした。

 4月からこのコーナーでは、その平成6年の実験を振り返りつつ紹介してきましたが、実はこの実験、半年後に再び行われることになりました。今度は銭湯ではなく、北大付属登別分院という医療機関で。なぜでしょうか。

 その理由と追加実験の結果は次回以降に譲るとして、今回はちょっと寄り道して、入浴は「ぬるめのお湯にゆったり長時間か、熱めのお湯でカラスの行水か」という、多くの人々が関心を持っているテーマについてお話ししたいと思います。とりわけ、健康作りのための入浴のポイントである「自律神経のバランス調整」のために。

日本人の好む42℃〜43℃の湯は医学的には不適正

01

 平成16年3月に報告された『銭湯における温熱効果の予防医学的意義に関する研究』に収載された論文「入浴と各種生体機能」(北海道大学保健管理センター・大塚吉則氏)によれば、「水温が38℃以上になると心拍数、心拍出量などが増加してくる。末梢循環系では、血流量や血流速度が増加、42℃以上の高温浴は交感神経を緊張させる作用がある。高温浴は精神的にも肉体的にも活動的な状態を作り出す。10分間42℃の湯に浸かると、血圧は入浴直後から上昇し始めて、20〜40くらい増加する。これは熱い湯による刺激で交感神経が興奮して血管を収縮させ、急に血圧を上げてしまうからである。脈拍は40拍ほど、体温も2℃ほど上昇してくる。したがって、高血圧症、動脈硬化症の患者や高齢者ではこのような高温浴は避けるべきである」とあります。

 この考え方はほぼ医学の常識で、たいていの本にはそう書かれています。一般的に適温であるといわれている42℃〜43℃は、医学的な見地からすれば、実はかなり熱すぎるのです。

でも、熱い銭湯での事故がほとんどないのはなぜ?

 ただし常識とは「無難な線」のことで、かなり多くの日本人は「42℃以上の高温浴」を好み、銭湯も実際、その好みに合わせている店がたくさんあります。医学的には非常識な湯温であるにもかかわらず、銭湯で事故がほとんど起きないのはなぜでしょうか。前出の研究に「入浴に起因する事故」というテーマで収載された論文にこう書かれています。

「1994年1月〜12月まで横浜市立大学医学部法医学教室で扱った変死体は1556人、そのうち浴槽内や洗い場で死亡したもの、意識不明となり病院搬送後治療を施されたにもかかわらず死亡した者を入浴死とした結果、入浴死は151件であり、その内訳は病死80人、その他および不詳45人、災害死18人、自殺8人であった。入浴場所は自宅150人、旅館1人であった。浴室内死亡者の発見場所はほとんどが浴槽内すなわち入浴中であった」

 いささか古いデータで、この一論文だけで結論付けることは難しいのですが、銭湯など共同入浴の場所では周囲の目もあり、体に変調をきたした人がいても発見が早くて事故に至らない、あるいは銭湯での高温入浴が常態化することによって、その水温に対応する体が出来上がっている、などが推論されます。

 ただ、厚生労働省の人口動態統計によれば、「平成12年、不慮の溺死および溺水の総数は5978人(入浴死は3518人)で、65歳以上の高齢者は入浴死全体の83%を占めていた。WHO資料による1996年の溺死および溺水を諸外国と比較すると、アメリカ3807人、イギリス578人、ソ連16419人、ドイツ680人であり、わが国は総人口に占める割合も高い」とありますから、少なくとも高血圧症や動脈硬化症と診断された高齢者が、銭湯での高温浴について十分注意を払う必要はあるでしょう。

医師も実感した高温浴の運動能力向上効果

02

 もっとも、医学の世界は複雑で、自律神経という側面から高温浴について語るとこれまでの結論になるのですが、免疫力の増強という観点からは少し異なる研究が行われています。詳細は12月にこのコーナーで紹介しますが、42℃の10分間入浴が免疫力を高めるだけでなく、低体温症の改善、メタボの予防、不妊の解消などに大変効果があるという興味深い研究があるのです。

 こうなると、37〜39℃の微温浴や40〜41℃の温浴がいいのか、42℃の高温浴がいいのか大変悩ましいところです。そこで、日本銭湯文化協会認定の銭湯ガイドマイスターである医師の中山美子さんに、この悩みをどう解決すればいいかお聞きしました。

「私は市民ランナーとして年に何回か大会に参加していますが、『銭湯養生訓』(草隆社刊)という本を読んで、熱い湯に入ることで運動能力が(一時的に?)高くなるという新説に接しました。その本に書いてある通り実践してみたところ、確実に記録が伸び、フルマラソンの翌日でも疲労の程度も軽くて済みましたから、高温浴の効果については実感しています。若い患者さんで冷え性や肩こりのつらい人や精神的な癒しが必要そうな人には『銭湯でゆっくり温まるといいですよ』と何気なく勧めてもいます。ただ医師としての責任上、だれ彼構わず高温浴を勧めるようなことはできません。血管系の病気は血圧の急変に弱いから危ないのです。浅草生まれの私の母は、学生時代に実家の裏手に銭湯があったので、一日2回お風呂に入っていました。朝はアツアツのお風呂に入ってシャキッとして学校に行き、夕方はまたアツ風呂で疲れと肩こりをほぐしてさっぱりしてからまたばっちり勉強していたそうです。ほんとにうらやましい話です。私は基本アツ湯好きですが、疲れがたまって体が弱っているときや、ゆっくり寝たい夜にはややぬるめの湯でリラックスできる銭湯に向かいます。自分の体調を見極め、体力アップのために週2回くらいちょっと熱めの入浴をする、寝るちょっと前に銭湯に行くなら寝つきがよくなるように40℃くらいの浴槽に浸かる。湯温の違いを利用したメリハリのある銭湯利用が、無理なく健康増進効果が大きいのではないかと思います」

 自分の体と相談しながら、TPOで入浴法を選んでいくのが「銭湯で元気」の秘訣なのではないでしょうか。

(「銭湯で元気!」は毎月第2金曜日に更新します)