2015/04/17

俺の銭湯

男湯


【著者】川越太郎/1968年、新潟に生まれ東京で育つ。武蔵小山温泉 清水湯の3代目。 かつては閑古鳥が鳴き潰れかかっていた清水湯を、都内屈指の人気銭湯へと生まれ変わらせた銭湯業界注目の若手銭湯経営者。海と妻と3人の子供たちを心から愛する男。空手3段。


主な登場人物
・太郎(主人公)…清水湯3代目
・稔…太郎の父
・実喜…太郎の祖父
・歌子…太郎の祖母
・清太郎…歌子の兄
・菊太郎…太郎の曽祖父


 清水湯の創業者・菊太郎から連綿と続く、清水湯という銭湯の灯火。

 菊太郎の青年時代の情熱と汗と涙がしみこんだ銭湯への思い。

 菊太郎の長男・清太郎の戦争ゆえ自決するしかなかった悲しい歴史。

 源流は俺が思っているより遥かに遠く、幾星霜もの銭湯の年月があり、俺の銭湯にも、この受け継ぐべき誇り高くて熱き魂と系譜があったのだ。

 平成6年の黒湯掘削成功から4年が経っていた。

 閑古鳥はすでにどこかに飛び去っていた。

 だが、地主からは相変わらず「内容証明郵便」が届いてきていた。文面は分かりやすく言えば土地を返せというものだ。

 そして俺は30歳になっていた。

 だが、それは本格的な波乱の30代の幕開けだった。

 銭湯の釜場、そして火袋は神聖な場所だ。それは煤けた壁、重油と木片と土がまじりあってカチカチになった床、ところどころむき出しになった配管。いたるところに煤がつもっていた。その煤けた空間は、時おり開閉する釜の扉から漏れる真っ赤な裸火が、神聖な色彩となって黒い壁にさしていた。釜の扉を開けるその瞬間、熱い熱線が顔を照らしだす。皮膚が焼ける感覚のなか薪をくべる、一瞬で汗がじっとりと全身を覆う。毎日のこの地道な力仕事こそ、銭湯そのものなのだ。

 この単調だが、けっして疎かにすることはできない釜仕事。毎日が薪との格闘だった。ふき出す汗が、焼ける肌が、心を支えてくれる礎になるのだった。

 銭湯の仕事は、すべてが俺にとってかけがえのないものだった。この銭湯こそが唯一、俺の存在価値であり、さざ波が立てば立つほど、風が吹けば吹くほど、銭湯を続けるんだという思いが強くなっていった。

 しばらく凪いでいたと思っていた海がまた、さざ波だってきたと気がついたのはいつ頃だったのだろう。今考えても一瞬、まぶたを閉じた瞬間に見た悪夢のようだった。

 だが、風が吹きだす前には何かしら前兆があるものだ。

 それは同時に、また多発的に起こることがある。それはつむじ風に似ていた。

 オヤジの病状が複合的に悪化した。それは躁鬱病による不摂生と、寝てばかりいる生活からの運動不足で糖尿病になり、その後、程なくして腎臓の機能が著しく低下し、息苦しさから病院に行ったところ、肺に水がたまる肺水腫になっていた。一度、病魔の連鎖に落ちるとそのまま悪化していくように、しばらくするとオヤジは人工透析が必要になってしまった。いくら重度の躁鬱でも「お腹すいた」ぐらいは話せるのだが、なぜか会話がかみ合わない気がすると思っていたら、さらに軽いアルツハイマー病にもかかってしまった。

 もともとボケ気味だなと思っていた俺は、「病気の総合商社かよ!」と思いつつ、もはや「うん」「ああ」が口癖のようになり、それが会話の主なやり取りとなってしまった。躁から鬱へ、その中間はあくまでも躁か鬱へ移行しているだけで、同じように正気とボケのどちらかに移行している精神状態が行ったり来たりしていたが、往々に鬱で寝ているという状態が多かった。だが、たまにふとまっとうに(正気)に戻るような時があった。それがいけなかったのかもしれない。

 その時だった。鬼畜のごとき底光りする黒い眼光と、舌舐めずりをする二つに割れた舌先。その男は足音も立てずに忍び寄ってきた。

 誰も気がつかなかった。気がついた時は遅かった。すでにボケがはいっているオヤジがコソコソ誰かに追い立てられていた。家族に何か隠し事でもあるかのような振る舞いをすることが多くなった。この時は鬱と躁の中間だったのか。後で聞くと「俺に財産を残してやりたい」というような趣旨のことをいっていたが、それ自体が正しい判断をしているとは到底言えなかった。

 オヤジは「先物取引」でケツの毛を抜かれてしまった。

 その始まりは一本の電話だった。

 たまたま固定電話に出たオヤジが証券外務員の男に「お会いしたいのですが、何時にご自宅にお伺いいたしますのが宜しいでしょうか」の問いに対して、「ああ」と答えてしまったのである。オヤジは何事も「ああ」「うん」と答えてしまうのである。

 そこから「悪夢」がはじまった。

 短い期間に「ケツの毛」までむしり取られる経験をしたのはこの時が最初で最後だ。世間知らずの俺が高い授業料を払うことになるこの顛末は、世の中に人の不幸を食い扶持にする人種が目の前に現れた初めての経験だった。

 俺は初めて見た。オヤジがこそこそ隠れて貯金通帳を持ち出しているのを。そしてまるで操り人形のような惨めなオヤジを。今まで寝てばかりいたオヤジだが何かに脅され駆り立てられているかのような憐れな姿だった。俺は怒りを越える思いをもって、それを見た。当然その怒りはオヤジにではなかった。それは高級外車で乗り付けて高級スーツに身を包んだ一見優(やさ)な会社員のようだが、眼鏡の奥に黒く底光りする怜悧な目が印象的な男だった。

 俺はあくまで冷静さを装いつつ「うちのオヤジと何の話をしているんですか」と聞いた。その男は「お父様には大変にお世話になっております」「私はこういったものです」と名刺を手渡してきた。それには聞いたことのない証券会社の名前が一片の名刺に刷り込まれていた。

 俺は「すみません、僕は株というものを知らないのですが、オヤジは何を買っているんですか」とたずねた。

 株というものは現物株だけだと思っていた。まして、株はまずは買うものだと思っていた。その瞬間、その男の黒光りする目が、刹那、冷たさが増したような気がした。男は「心配しないでください」「お父さん儲かってますから」「ただ今、相場が安定してないので少しだけ損失を出してしまったんです。ここでやめるのはもったいないです。まだ利益は出ていますから委託証拠金を積んでもう少し勝負しましょう。絶対大丈夫です。僕がついていますから」とよく光る眼鏡の奥の冷えた目の男が言った。

 相場……。儲かる……。委託証拠金……。なんだかわからないが、もともとオヤジは元気なころは株をやっていて詳しいはずだ。「昔取った木杵柄」なのかと、オヤジがだまされるくらいだから、俺も手玉に取られた。一瞬そうなんだと思ってしまった。だが心の中では、危険を察知する本能に近い検知器が、おもいっきり危険信号を送っていた。いや決してその男を信じた訳ではなかった。その日の内に知り合いにも相談したし、念のため、すぐさま弁護士にも相談した。だが本当にその間隙を縫うように、短期間に「ケツの毛」をむしり取られるように、預金をむしり取られてしまうのである。

(「俺の銭湯」は、毎月第1金曜日と第3金曜日に更新します)